本年度は、非接触原子間力顕微鏡(NC-AFM : Non-contact Atomic Force Microscopy)によって得られる表面形状像やエネルギー散逸像の観察メカニズムについて研究を行った。まず、アルカンチオール自己組織化単分子膜(SAM : Self-Assembled Monolayer)に見られる種々のc(4×2)構造をNC-AFMにより分子スケールで観察することに初めて成功した。さらに、NC-AFM観察中に生じるカンチレバー振動エネルギーの散逸量をマッピングした、いわゆる"散逸像"において、分子スケールのコントラストを初めて観察した。これは、薄膜を構成する個々の分子の有するナノ力学的物性の違い反映したものであると考えられ、NC-AFMによって構造だけでなく表面の力学物性に関する情報も得られることを示す重要な結果となっている。また、二硫化モリブデン(MoS_2)表面上に蒸着した、銅フタロシアニンの単分子膜をNC-AFMにより分子内分解能観察することに初めて成功した。さらに、得られたサブ分子スケールのコントラストと分子の持つ電子軌道の密度分布を比較することで、NC-AFMによって得られる分子分解能像のコントラストには、分子の幾何学的な形状のみではなく、HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)やLUMO(Least Unoccupied Molecular Orbital)などの化学的に活性なフロンティア軌道の密度分布が強く影響していることが明らかとなった。この結果は、探針-試料間に働く化学的相互作用力を分子スケールで検出した初めての例であり、今後のNC-AFMの分子識別あるいは分子同定技術への応用を考える上で非常に重要である。
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