今年度は、特別研究員奨励金による資料収集活動をもとに、旅日華僑と日本人とのあいだで問題となるナショナリズムやアイデンティティ政治の問題を、90年代以降の日中間のナショナリズムに関する議論との関係において位置づける理論研究を主に行った。また、これと並行し、旅日華僑のエスニック・メディアに関する調査も行った。 エスニック・メディアに現れるような旅日華僑におけるナショナル・アイデンティティの語りを捉えるための前提として、近年における日中間におけるナショナリズムに関する言論状況の把捉が必要となる。こうした課題に取り組んだのが、「トランスナショナリズムの逆説-誰が中国ナショナリズムを構築しているのか」(青木保・姜尚中・他編『アジア新世紀(7)パワー』所収、2003年5月刊行、岩波書店、入稿済)という論文である。そこでは、90年代以降の日中間のナショナリズム現象をトランスナショナルな社会空間の形成という観点から分析すると同時に、国境を越えた言説空間におけるナショナリズム現象(トランスナショナリズム)に関する問題提起を行い、本研究全体を貫く理論的立場の位置づけを明らかにした。こうした理論的立場に基づき、旅日華僑とトランスナショナルな言説空間との関係について研究成果をまとめつつある。また、日中間のトランスナショナルな言説空間におけるナショナリズム現象の事例分析として「南京大虐殺論争」(高橋哲哉・編『<歴史認識>論争』所収、2002年刊行、作品社)を書いた。 こうした理論研究と並行し、来年度中の成果発表を目指し、旅日華僑に関するエスニック・メディア及び日本のメディア報道についての調査を継続している。
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