今年度は、旅日華僑におけるアイデンティティとナショナリズムの関係について理論的に捉える論文を3本発表した。 まず、旅日華僑のアイデンティティの問題を、1990年代以降の日中間におけるナショナリズムの論議との関係で考察する論文「トランスナショナリズムの逆説-誰が中国ナショナリズムを構築しているのか」(青木保・姜尚中他編『アジア新世紀7 パワー』)を発表した。次いで、この論文においてもキー概念となった「トランスナショナリズム」概念が使用される文脈が用いられている複数の政治的文脈を理論的に整理しつつ、さらに「トランスナショナリズム」と1990年代以降の海外中国人主体との関係について論じた論文「トランスナショナリズムの論理と中国人主体」(比較文明学会学会誌『比較文明19』)を発表した。また、旅日華僑をはじめとするエスニシティ研究への問題提起として「ポストコロニアリズムと社会学」(『子犬に語る社会学入門』)という論文を書いた。 また、旅日華僑におけるアイデンティティとナショナリズムに関する実証的な研究として、フィールドワークに力を入れた。具体的には、2003年6月に福岡市東区で起きた、中国人留学生3人が逮捕された一家4人殺人事件をめぐる諸アクターの対応について調査するため、2003年11月以降、3回計1ヶ月にわたって福岡を訪れ、フィールドワークを行った。特に、事件の影響から中国人留学生に対する社会的排除が強まっている現状を中心に、日本人のレイシズムと旅日華僑のアイデンティティ問題との関連を明らかにするために、福岡都市圏在住の100人近くの関係者に聞き取り調査を行った。
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