珊瑚礁海域で頻発する食中毒シガテラは、年間二万人以上もの中毒患者が発生する自然毒食中毒としては最大規模のものであり、深刻な社会問題となっている。ガンビエロールは、シガテラ原因渦鞭毛藻Gambierdiscus toxicusよりマウス致死毒成分として単離・構造決定された、海産ポリエーテル系天然物の一つである。ガンビエロールはマウスに対し強力な致死毒性を有し、その中毒症状がシガテラ主要原因毒シガトキシンによるものと類似していることから、ガンビエロールもまたシガテラ原因毒の一つと推定されている。しかし、天然から極微量しか試料が調達できず、詳細な生物活性は未解明であり、化学合成による試料供給が望まれていた。また、ガンビエロールは8環性ポリエーテル骨格と不安定なトリエン側鎖から成る特異な分子構造を有しており、有機合成化学の標的分子として挑戦的である。以上の観点から、本研究者はガンビエロールの全合成研究に着手してきた。 本年度は、昨年度までに合成した8環性ポリエーテル骨格より合成研究を進め、不安定なトリエン側鎖の構築には、塩化銅第一を添加剤とする改良Stille反応が最適であることを見出し、これを適用してガンビエロールの最初の全合成を達成した。この成果は日経産業新聞など四紙に掲載され、本年度の天然物合成化学における最大の成果の一つと評価されている。さらに本研究を通して化学合成による試料供給が可能となったので、マウスを用いた病理学研究を初めて実施した。その結果、ガンビエロールは経口吸収性が高く、全身性欝血を伴う多臓器不全を引き起こすことが分かり、特に心臓が標的臓器であることが明らかとなった。また、全合成経路を応用して多様な構造改変体の作成を行い、構造活性相関を系統的に検討したところ、分子右末端の疎水性部分構造が、毒性発現に必須の構造的要因であることを見出した。
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