今年度は、「持続可能な開発」の国際法秩序における予防原則の意義を明らかにするための基礎的作業として、予防原則が立脚する環境分野の国除法秩序の構造の特質を考察し、予防原則の規範的意義の分析を行なった。より具体的には、トレイル溶鉱所仲裁判決(1941年)を先例する伝統的な一般国際法秩序の理論たる「越境汚染の国際法」と、今日の国際環境法秩序との間の連続性・異質性の問題を検討した。単純に両者を連続的に捉える従来の通説的理解では、国際環境法秩序の特質を十分に把握することができず、1992年の国連環境開発会議を契機とする「国際環境法」から「持続可能な開発の国際法」への転換の意味を理解するための視点を欠く結果となっている。本研究により、越境汚染の国家責任を基礎付ける伝統的なトレイル原則と、今日の予防原則とを連続的に理解することは適切ではないことが明らかにされた。つまり、予防は汚染問題への一つの「アプローチ」であって、各環境条約体制の基本原則として実定化されることで継続的な規律の指針として機能し、具体的な環境規範の発展を方向付けていく点に意義がある。そしてこうした予防的アプローチの正当性が、従前の「資源保全」の理念(経済功利主義)とは異質な「環境保護(生態系の保存)」の国際的価値の承認に基礎づけられていることが明らかにされた。こうして今後の課題として、「持続可能な開発」理念の性格を「環境」と「開発」との関係という側面からより綿密に分析するとともに、具体的な予防的秩序の実証・考察をさらにすすめていく必要性が示された。
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