本年度は昨年度に引き続いてデータ収集を進め、上演団体や上演の際に用いられる台本に対する調査を行った。 一例をあげると、近代社会の中で独自の演目を以て興行を行っていた地方人形座についての調査を開始した。この人形座は近世以来の演目に加え、近代社会特有の主題を掲げた浄瑠璃を新作し、西日本を巡演してまわった団体である。従来ほとんど注目されておらず、資料も死蔵されているに近い状態であったが、近代社会において人形浄瑠璃がどのように受け止められていたのかを示す重要なてがかりになると考えている。 また、近世期の演目が現在どのように上演されているのか(つまり、どのように「読まれて」いるのか)を考察するため、ある一つの演目について、文楽を含むさまざまな人形座がどのように上演しているのかを調べた。具体的には、どの部分を抜き出して上演するのか、舞台で用いられる人形カシラはどのようなものか、どのような演技が実際に行われるのか、そして演者はそれらをどのように評価するのか、といったことである。ここには、演者は観客(聴衆)の浄瑠璃に対する読み方が、時代の変化によってどのように変わっていったのかを考察する重要な示唆が含まれていると思われるのである。 これらの調査とは別に、近代の浄瑠璃「壷坂霊験記」が成立する際に大きな影響を与えた生人形「観音霊験記」についても、制作者の覚え書きを調査するなどして考察を行い、論文にまとめた。来年度はこのテーマについても考察を進め論文執筆を行う予定である。
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