研究概要 |
乗鞍岳森林限界付近(標高2,500m)に生育する常緑針葉樹のオオシラビソ(Abies mariesii)は、春先に積雪面上に突出している部分のシュート裏面葉が激しく褐変化し、葉が枯死する現象がみられる。亜高山帯における針葉の枯損は、強い恒常風により引き起こされる乾燥ストレス説が有力であったが、本地点のオオシラビソでは春先においても致死含水量には至っておらず、したがって、この現象は強光と低温ストレスによる光阻害であると考えられ、実験を進めていた。 これまでに、亜高山帯に生育するオオシラビソでは、低温と強光に対して光化学系の保護機構としてキサントフィルサイクルが、また活性酸素除去機構としてwater-waterサイクルが働いているが、この保護機構以上の光量子を受けたとき、葉の褐変化、そして枯死が起きることを示した。さらに、活性酸素除去酵素活性が著しく低下する時期に、褐変・枯死を起こす地点およびストレスを受けない地点の過酸化水素含量を測定したところ、ストレスを強く受ける地点の過酸化水素含量は高かったため、この褐変・枯死は針葉内への過酸化水素の蓄積により引き起こされる現象であることが示された。 SDS-ゲル電気泳動により炭酸固定経路の鍵酵素であるRubisco含量を調べた結果、その年変動はほとんどみられなかった。したがって、炭酸固定経路の酵素は冬期間保存され、翌春に光合成を迅速に再開させるために使われるものと考えられる。また、同時に光化学系IIの集光性クロロフィルタンパク質の量を、同様にSDS-ゲル電気泳動により調べると、これらもまた、ほとんど年変動を示さなかった。したがって、冬期は過剰光量子の吸収が起こっているがキサントフィルサイクルの働きにより相当量、熱として放散される一方、除去できなかった分が電子伝達系を経由して過酸化水素の生成に関与していることが示された。 本研究の結果は、今年度、Plant Science誌、第165巻、257〜264ページに掲載された。 一方、低温期に含量が増加するといわれるホルモンのアブシジン酸含量を測定した結果、これらの変動には顕著なものはみられなかった。 今後は、強光・低温ストレスを受けている葉およびその葉から抽出したチラコイド膜など用い、エネルギー移動の変化を調べることも必要である。さらに、ホルモンと光合成、特に強光阻害との関わりを生理・生化・生物物理学的手法を用いることにより、本研究のさらなる進展が期待できる。
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