東北方言の文法事象のうち、テンス・アスペクトとそれに深く関わるムード形式・受身・可能表現をとりたて、調査結果および先行研究から特に注目すべき地点を選び出して、それぞれに特徴的な形式のための調査票を作成し、年代差を調査した結果、主に以下のことがらを明らかにした。 テンス・アスペクトにおいては、山形県山形市方言では高年層と若年層に大差はないが、次のような年代差が確認された。高年層は形容詞の過去の反復性に-ガッタを用いるが、若年層は用いない。文末のケの用法では、高年層は反復する出来事を一般化して恒常的な出来事として表す用法をもつ一方、若年層はケを過去のテンスマーカーとして積極的に使用する範囲が高年層より広く、恒常的な出来事や未来の出来事の例文を非文とする傾向が強い。若年層は未来をタで表す場合もあり、タは過去のマーカーとしての地位をケに追われつつあるとみられる。これは、本研究で明らかにした他の東北諸方言の若年層では方言形式の不使用傾向が強く、共通語化が進んでいるのに対して、山形市方言における独自の特徴であり、他の東北諸方言に分布する-タッタを使用せず体系が異なっていることに影響を受けて形成された特徴であることを指摘した。 受身・可能表現においては、宮城県南部の白石市方言の高年層と若年層を調査した結果、高年層は受身文の動作主マーカーにカラやニが多く用いられ、サが用いられにくく、若年層も同様であるとの結果を得た。同じ宮城県内中部の仙台市・石巻市や北東北地方の方言では、主に若年層において、サが動作主マーカーなどの用法を獲得していることが報告されているが、宮城県南部ではそれとは異なる結果が得られたことになる。また、可能表現では、高年層では助動詞レルと動詞+ニイーが用いられる範囲が広いのに対し、若年層では可能動詞が使用される範囲が広く、この点については他の東北諸方言と同傾向を示すことが明らかになった。
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