研究概要 |
昨年度に引き続き,遺物観察時の眼球運動測定および描画法を用いた実験を行った。これらの研究経過は諸学会にて順次発表を行っている。とくに日本考古学協会で行った成果発表("鑑識眼"の研究-専門的認知技能研究が考古学界にもたらすもの-)は,大きな反響をもって受け止められた。この発表を基礎として論文「"鑑識眼"の研究-考古学者の専門的認知技能に関する実証的研究-」をまとめた。また"鑑識眼"保持者の遺物観察パターンに関する詳細な分析を行った論文を別途,投稿中である。 さらに今年度は新たな展開として,考古学者の"鑑識眼"と,考古学者が研究の対象とする土器の製作者の"鑑識眼"の比較検討をする目的で,タイ東北部で伝統的土器製作を対象とするフィールドワークを実施した。観察・聞き取り等の民族考古学的調査と並行して,認知技能を測定する実験を行った。陶工および絵付け職人を被験者として,土器の分類・同定課題や評定,および製作者同定の課題に取り組ませた。なおこれらの成果については人類史研究会14回大会(3月9日)にて発表を行う。 実験結果から,土器製作者が考古学者とならんで,土器に対する優れた鑑識技能を有していることが明らかになった。製作者同定を行う際の着眼点には両者に共通性がみられたが,陶工が製作時に重視する土器の部位と考古学者が分類に際して重視する部位には相違点も確認された。審美的な価値観と学術的な関心という立脚点の相違が,土器という同一対象への鑑識技能に対し,それぞれ異なる性格を与えている可能性が高い。この領域ごとに異なる"鑑識眼"の性質(領域固有性)について,領域間の共通性(領域一般性)と共に,今後さらなる検討を行っていく必要がある。
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