研究概要 |
本研究の目的は,サケ科魚類の母川回帰における生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)とステロイドホルモンの役割を解明することである.そのために,ホルモンによる母川回帰行動発現の制御とGnRH遺伝子発現変動の二つの視点で研究を進めている. 本年度は,母川回帰行動に対するホルモンの作用を調べるための実験を,岩手県にある東京大学大槌臨海研究センターにおいて海水領域と淡水領域とに分かれた屋外水槽を用いて行なった.去年行なった脳室内へのサケGnRHの直接投与実験の結果を解析したところ,アナログ投与によってみられた淡水移行の促進は認められなかったため,本年度の実験では内因性のGnRH遺伝子発現動態およびステロイドホルモン量の変動と海水・淡水選択性との関連を調べた.ステロイドホルモン濃度は,淡水選択性と関連するというよりもむしろ時間経過にともなって変化しており,海水中淡水中に関わらず性成熟が進行している事を示していた.脳内の各部域におけるsGnRH遺伝子の発現レベルを今後測定し海水・淡水選択性との関連を調べる予定である. さらにモデル系として洞爺湖産のサクラマスを用い,一才魚の春から二才魚の産卵期までの2年間にわたり終脳腹側部および視床下部におけるsGnRH前駆体(sGnRH-I,-II)のmRNA量変動を調べた.その結果,二種類のsGnRH mRNA量は共に生殖腺の成熟が始まる春と最終成熟の進行する秋に高まっていた.下垂体ではプロラクチンと生殖腺刺激ホルモンサブユニット遺伝子の発現がそれぞれsGnRH遺伝子発現の春と秋のピークに対応して高まっていた.sGnRH遺伝子発現が高まる春はサクラマスが母川へと遡上する時期に相当する.淡水適応ホルモンといわれるプロラクチンの遺伝子発現がGnRHによって高められる事は,GnRHが母川への遡上とプロラクチン遺伝子発現を介した淡水適応を同時に促進している可能性を示すものである.
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