研究概要 |
シオミズツボワムシ(以下ワムシ)の個体数変動は,個体群を構成するそれぞれの個体の生活史特性値が変化することによって起こる.ワムシは水温や餌の量が変動する不安定な環境下において,繁殖の活性や寿命を柔軟に変化させて適応度を増大させる能力を有し,こうした変化が個体群の出生率と死亡率のバランスを偏らせ,個体数の大変動が起こる. そこで,ワムシの生活史特性を制御する分子機構としてインスリン様シグナル伝達経路に着目し,この経路を構成する分子のクローニングおよび発現解析を行った.まず,本経路の主要な構成分子であるフォスファチジルイノシトール3-OHリン酸化酵素(PI3-k)の特異的阻害剤(LY294002)を用いた培養実験により,本分子がワムシの寿命を制御していることを明らかにした.引き続いてワムシからPI3-k遺伝子をクローニングした.また,IGFシグナル伝達経路の標的であるMnスーパーオキシドジスムターゼ(SOD),およびもう1つの重要な抗酸化酵素であるCu/ZnSODをクローニングし,タンパク質コード領域の全長の塩基配列を決定した.さらに,クローニングした遺伝子の定電解析を行うため,高感度なリアルタイム逆転写PCR法を確立した.MnSOD遺伝子およびβアクチン遺伝子の定量解析を行ったところ,体細胞数が1000個弱の1個体のワムシを試料とした場合でも本法は有効であることが分かった.引き続いて,水温など種々の環境ストレスに対する適応の能力を遺伝子レベルで調べるため,代表的なストレスタンパク質をコードするHSP70およびGRP94遺伝子をクローニングした. 今後は,これまでにクローニングした遺伝子の発現量を詳細に解析し,ワムシ個体数変動の機構を分子レベルで明らかにしていく予定である.
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