研究概要 |
本研究の目的は,エチオピア,ソマリア,ケニアの三国国境に位置するガリ・ランドとその周辺地域を対象として,個々の社会における家畜の取引様式と仲介商人の活動を生態学的視点と社会史的視点から分析して,生業牧畜と仲介商業網の複合的構造をあきらかにすることにある。 1.調査地域の社会史的背景: 三国国境は,歴史的には,ガダ教,ウシ遊牧,ボラナ語などで特徴づけられるボラナ文化,エチオピア正教,城塞都市,アムハラ語などで特徴づけられるアムハラ文化,そしてイスラム教,ラクダ遊牧,ソマリ語などで特徴づけられるソマリア文化が複雑に絡み合ってきた。しかし,ソマロイド系の諸民族(レンディーレ,グラ,ガリ,ガブラ,サクエ,ガリマロそしてアジュラン)は,これら三つの文化の狭間で,個々の民族集団の分裂と分裂集団間の再統合を余儀なくされてきた。 2.地域商業網の構造: 三国国境の地域商業網は,域外交易,域内商業,生業牧畜の三つのセクターから構成されているが,アディスアベバにつながる北方交易,ナイロビにつながる南方交易,インド洋沿岸につながる東方交易の重要な中継地である。ここから大都市にむけてトラックで商品を直接運搬するという域外との長距離交易は資力のあるソマリやガリの大商人によって独占されている。かれらは,各地の町に一族の者を分住させて広域商業網の拠点をつくり,同業者間の双方的な婚姻連合に基づく同族経営によって商業活動を展開している。ここには,家族集団の個別性を保持しつつ部族や出自の論理よりも商業の論理を優先させるという特徴がみられるが,イスラム教徒という帰族感と連帯感を共有して連合しあっていることがそれを可能にしているのである。 域内商業の担い手は田舎商人であり,かれらは田舎町の店を拠点として,キャラバン隊やトラックによって物資を運搬する。キャラバン隊には未去勢のラクダが駄用ラクダとして使用される。レンディーレやガブラのようなラクダ遊牧民は,去勢ラクダを駄用に使用しているが,キャラバン交易に深く関わってきた経験をもつガリは去勢されたラクダには力がないといって,未去勢ラクダを駄用ラクダとして調教するのである。このような田舎商人の家族は,町場と牧野に分住して,遊牧と商業を同時におこなっている。かれらは,田舎町と牧野を連続したものとみなして,商業と遊牧を複合化した生活様式をつくりあげているのである。 ガリの牧野の集落は,定着的傾向の強いものから,一時的に家族が寄り集まっただけのものまでみられるが,いずれも田舎町と密接な関係を維持しつつ遊牧を行う拠点となっている。 3.商業牧畜: 本研究をすすめるうちに,生業牧畜民(トゥルカナ,サンブル,ガブラ,レンディーレ)というよりも商業牧畜民(ソマリ,ガリ)というべき民族を見いだすことができた。前者は,遊牧という生業をアイデンティティの重要な要素として,牧野に埋没するかのような生活様式をつくりあげている。生業牧畜民にとって,町は家畜を売却して農産物,雑貨,現金などの不足を充足する場所であり,しかも家畜は市場価格を考慮することなく,当座の必要物を充足するために売却されるだけである。むしろ,家畜は,かれらの社会における連帯感を表出し維持するために取引される。かれらは,家族全員が遊牧に従事して,あたかも牧野に埋没するかのように独自の共同体的社会をつくりあげている。ここには,町と村を複合させるという前提が欠落している。 しかし,後者は,イスラム教的価値を共有しあって遊牧と商業を複合化した生活様式をつくりあげている。ガリの商業牧畜民は,商業に特化した町商人ほどには商業の論理に徹しているのではない。かといって,生業牧畜民ほどには地縁や出自の論理に拘束されているわけではない。かれらの生活には,両方の論理が組み込まれているのである。このような生活様式を両者の折衷されたものとして理解すベきではなく,むしろ独自の生活様式として理解すベきである。商業牧畜という概念を設定することによって,牧畜的地域社会の複合構造をより一層解明できるものと思われる。
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