研究概要 |
本調査研究の最大の目的は,トルコ全域の特に農山村部に伝誦される,伝統薬物の実態を明らかにすることである。湾岸戦争による影響で,シリア及びイラク国境部近くは調査できなかったものの,1990,1991年の二度の現地調査により,下記の如くほぼ全域にわたって情報を得ることができた。 即ち,1990年は,(1)エーゲ海沿岸部,(2)カイセリ及び周辺地域,(3)ガジアンテプ及びイスケンデルン地域,(4)エスキシエヒル近郊部,(5)東部アナトリア地方を,1991年は,(1)クタヒヤからボルにかけてのアナトリア西北部,(2)アフィヨンからコンヤにかけてのアナトリア高原南西部,(3)サムソンからシーバスに至る中部地域,(4)カルスからエルジンジャにかけてのアナトリア東北部について,合計約80村で聞き取り調査を実施した。 伝統薬情報は,いずれも生のデータを取るために,インタビュー方式で行い,民間薬の産地,原植物,原地名,交用,採集,調整などを記録した。一つの薬物について意見の相違があるときは,村人同志の「討論」や隣村に出向いて,その情報の確認を行った。そのため,個々の記録には長時間を必要としたものも多い。また,情報は原植物とのセットで確かな意味をもつものであるため,インタビュの前後には,原植物を得るために必ず村落の内外で採集を行なった。 その結果,1990年は45ケ村,1991年は35ケ村から聞き取り調査が出来,1986年の調査の約30ケ村と併せると,110ケ村となった。具体的には,以上の調査によって,伝統薬物情報はのべ1350件,同原植物約950点が集められた。 トルコのクロラの調査は,過去連合王国の研究者の主導でなされたが,今回の調査によ突て得た資料の植物学的同定作業は,それらのタイプ標本を参考に,日・ト両方で併行的に進められている。これまでにおよそ半数のものの基源が明らかにされたが,今後もこの作業は継続して行なわれる予定がある。 また,これらの情報・資料は,今後のデータ解析のため,および各方面の利用に資するため,コンピュータ入力して,必要時に必要データが引き出せるように作業した。また原植物の〓葉標本は,京都大学薬学部附属薬用植物園の標本室に整理して保管されている。 本研究の第2の目的は,さまざまな生態系を有し,日本の約2倍の国土をもつトルコに生育する,重要な薬用植物資源の調査と収集である。とくにカンゾウ(Glycyrrhiga glabra)は,生薬としてのみならず,甘味料原料としても大量に用いられ重要である。トルコには本植物の野生が広く見られるが,この野生品の採取により,年間約一万トンが輸出されており,近年の需要の増大に伴って乱獲状態で,その資源量乏しくなってきた。本調査では現地の生薬を入手するとともに,今後の需要に対処するため,各地の野生品の種子を収集した。それらは現在,京都大学薬学部附属薬用植物園の圃場で栽培実験中で,今後は個体別の品質評価と優良系統の選抜を行う予定である。 その他の遺伝子源については,順次播種栽培試験を行っているが,なかでもリウマチの治療等に用いられる海葱(Scilla maritima)は本附属薬用植物園でよく生育し,開花して多量の種子を得ることが出来た。このことは繁殖の困難な本植物の増殖と育種の今後に大きく寄与するものと思われる。 また,市販の伝統薬や成分分析・薬現画性用の資料は,合計330点が集められたが,これらはそれぞれの研究分担者により,得意とする分析が進められており,新規化合物や興味ある活性が見出されている。
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