研究概要 |
本研究では,世界で初めての,エマルショテープ2層とカウンターとのハイブリッド検出器を使い,200A・GeV^<32>S原子核中心衝突反応における,チャーム粒子の生成状況を調べ,超高エネルギー密度物質の研究を行った。クォーク・グルーオンの集団としての物質の存在様式の研究は,高エネルギー原子核の中心衝突反応で作る超高密度物質によるのが,現在,最も有力な方法である。我々の目的は,チャームクォークの生成を,素過程である核子・核子反応と比較する事で,これに迫ろうとするものである。 CERN(ヨーロッパ原子核研究所)のSPS加速器で200A・GeVに加速した^<32>S原子核ビームを,厚さ100μmのAgとPbの2種類の標的に照射し,中心衝突反応を発生させた。中心衝突反応は,全反応の1割程度しかないので,エマルションテープの下流に置いたリングカウンターで,荷電2次粒子の多重度を測定し,中心衝突反応の選別を行った。また,選別した中心衝突反応が,エマルションテープ上のどこにあるかを知るために,標的の上流に置いたPSDで,反応をおこした^<32>Sビームの位置を測定し,同時に,エマルションテープ上に,フィデュシャルマーマを焼き付けた。PSDは,^<32>Sビームによる放射線損傷に耐えられる様に,特別に改良したものを使用した。1990年8月に行った照射実験は成功し,3組のエマルションテープ中に合計2×10^4の中心衝突反応を記録した。我々が前回の実験で得た^<16>O原子核中心衝突反応でのチャーム粒子生成率から,この中には,500程度のチャーム粒子生成を伴う中心衝突反応が含まれていると推定できる。 この実験では,標的と上流側のエマルションテープの間で崩壊するチャーム粒子を検出する。^<32>S原子核中心衝突反応では400以上もの荷電2次粒子が発生する。これらの飛跡の中に,1次反応点より下流で空間的に交わる,つまり,崩壊点からでている飛跡があるかどうかを調べて行くわけであるが,全ての飛跡について調べようとしても,測定誤差のために1次反応点の近傍に見かけ上の崩壊点が多数できてしまい,本物との区別がつかなくなってしまう。そこで,チャーム粒子の崩壊娘粒子が1次反応点に対して100μm程度の衝突係数を持つ事を利用し,測定誤差以上の衝突係数を持つ飛跡だけを使って,崩壊点の再構成を行う。しかし,従来,我々が使用してきた顕微鏡ステージは数μmの測定精度しかなく,チャーム粒子の検出効率が非常に悪くなってしまうため,この実験の解析には使えなかった。このため,顕微鏡ステージの精度向上に着手し,約1年をかけて,測定精度0.3μmを達成した。この顕微鏡ステージでは,1次反応点からの飛跡の衝突係数の誤差を4μm程度に抑える事ができ,衝突係数20μm以上の飛跡を使っての崩壊点の探索が可能である。この場合のチャーム粒子生成を伴う反応の検出効率は40%程度であり,1反応の測定は約2.5時間で終了する。 この顕微鏡ステージ2台を使っての解析を約1年間行った。約600の中心衝突反応を解析し,11例のチャーム粒子生成を伴う反応の検出に成功した。これから、チャーム粒子の生成断面積は15μb程度となる。現在までに得られた結果からは,^<32>S中心衝突反応におけるチャーム粒子生成の,核子・核子反応からの統計的に有為なズレは見えていない。この研究から得た成果の中で,PSDに関する技術的論文は既に出版されている。また,エマルション-テープに関する技術的論文は,Nuclear Instrumemts and Methodsに投稿する準備を進めている。物理的成果に関しては,今後,統計を最低2陪に増やしてからまとめて投稿する。また,エマルションテープ解析に使用している高精度顕微鏡ステージを開発する過程で得た経験と知識は,E653実験でのDs→γの検出など,精密測定が必要不可欠な物理に応用されつつあり,今後の成果が期待できる。
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