研究概要 |
結晶化に及ぼす要因は無数にあるが我々はこれまでウシ心筋チトクロム酸化酵素の結晶化に関して以下のような要因について検討してきた。過飽和度,緩衝液の種類,イオン強度,添加剤や可溶化標品の安定化のための界面活性剤の種類と濃度,沈澱剤の種類,温度重力,結晶化容器の形状と材質,結晶化方法(蒸気拡散法,バッチ法),空気中の酸素の影響,酸化還元や配位子結合状態,生物種。これらの内で最も重要なものは界面活性剤の種類であった。現在,7種類の界面活性剤が標品を結晶化させるに十分なほどこの酵素を安定化するのに有効であることを見いだした。その内で,BL8SY(CH_3(CH_2)_<11>(0CH_2CH_2)_80Hによって可溶化された標品から最も高い分解能を示す結晶が得られた。現在6Å分解能で相関係数0.5以上,7Å分解能で0.8以上のX線回折を示す結晶を得ている。しかし,5Α分解能以上の回折を示す結晶も再現性は良くないが得られている。その再現性が低い原因は酸素により作られるラジカルによるタンパク質の損傷や物理的衝撃による損傷にあると考えられる。したがってX線回折実験のときの結晶の取扱方法を改善することによって更に分解能は改善される可能性がある。この結晶の重原子誘導体化にも成功し,重原子の位置も決定されつつある。また,容器の材質も結晶化に重要な要因であることが明らかにされた。たとえばアルキルオキシエチレン系界面活性剤を含む標品ではガラス容器で4℃付近に結晶化の最適条件があるが,アルキル化糖系界面活性剤を含む標品ではプラスチック容器で20℃付近に最適条件が見いだされた。 分子置換法による位相決定を試みたが,Hendersonらの電子線回折のデータの誤差のレベルが高いため,精度の高い結果は得られなかった。そこで,電子線回折実験のための二次元結晶化を試みた。その結果,三次元結晶を作れる程度の標品からは非常によい二次元結晶が得られることが認められ,電子線回折の結果はHendersonらの結果と相当に異なることが示された。現在10Å分解能の立体構造の決定のための精密化を急いでいる。また細菌(パラコッカス)のチトクロム酸化酵素の精製条件を確立し,二次元結晶化にも成功した。現在高等動物型酵素との比較のため,電子線回折にとりくんでいる。また,二次元結晶が得られたと言うことは三次元結晶が得られる可能性を強く示唆している。コウボチトクロム酸化酵素については精製法の価格率に非常に手間どり,今年度になってはじめて成功した。その方法はこれまでのSekuzu法やPoyton法にくらべて収量,再現性ともに格段に改良されている。さらに最終標品は界面活性剤を含まない緩衝液に完全に溶解された。現在のところ,三次元結晶化には成功していないが,この性質は結晶化が可能であることを強く示唆している。(ウシ酵素では,このような性質を持つ我々の標品だけが結晶になっている。)その他,いくつかの変異株の酵素の精製も試みた。 CO化型単結晶の赤外異方性の解析のため,以下のような方法を試みた。結晶の方位はX線回折実験によって決定しなければならないが,赤外分光の窓材であるCaF_2やサファイヤのX線吸収は相当に強い。一方石英は強い赤外吸収がある。そこで,まず単結晶酵素の電子スペクトルの異方性をX線回折実験のキャピラリー中で顕微分光装置にゴニオメータを設置して測定する。次にサファイアかCaF_2の細管に結晶を置き,上述のようにして決定された電子スペクトルの異方性を手がかりにして結晶の方位を決定し赤外異方性を測定する。これらの実験は全て嫌気条件下で行う必要がある。そこで自動酸化性のないCOミオグロビンやCOヘモグロビンによって予備実験と装置の改良を行った。まずサファイヤでは内径1mmで外径2mm,DaF_2では内径1mm外径3mmの細管は作れたが,どちらも内側の研磨は不可能であった。これによって顕微分光装置を用いて電子スペクトルの測定を試みたが,散乱が強すぎて精度の高いスペクトルは得られていない。現在この細管の散乱効果を低くする方法を試みている。しかし,X線回折実験用のキャピラリー中の結晶のスペクトルの測定は可能で,基本的にはこの方法で赤外異方性の測定が可能であることは確認できた。
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