研究概要 |
(1)短腕の遠心力発生装置を用いた遠心G負荷実験の成果前年度までの遠心G負荷実験により,短腕の遠心力発生装置で,遠心力を座位の人間の頭部から腰部に向かう垂直方向に負荷を与えた場合,通常はコリオリ刺激による前庭神経失調,つまり「乗物酔い」を併発することが分かった。そこで前庭神経症状の発生を助長する微小振動等の機械的問題を排除し,また被験者の精神的緊張を和らげるため,事前説明,遠心負荷の短時間体験などを配慮し,実施した。そこで初めて遠心実験を開始し,まず1,2Gで40分間,日をおいて1,4Gで40分間,さらに日をおいて1,8Gで40分間と,次第に慣らすことによって,20から30歳代の健康男子について各5例前後のデータを取得した。 遠心負荷の前後に各種パフォーマンス,重心動揺などを測定し,遠心負荷中の被験者からは,連続で心電図,心拍数,呼吸曲線,眼球運動,瞳孔情報,酸素飽和度,間欠的に血圧(1分毎)を測定した。被験者の様子はビデオカメラを通じて常時監視し,被験者と検者とは常時通話状態においた。 さらに負荷を発展させて2G,40分に挑戦した所,1名が2回目の挑戦でクリアしたほかは,ほとんど全員が回転途中で極度の下快感を訴え,血圧低下などの他覚症状が出現したため,負荷を中止した。改めて今度は負荷時間を60分に廷長し,負荷にも慣れて,次第に訓練効果が上がるように,最初は1,4Gから始めて,クリアしたら次に1,7Gに上げ,クリアしなかったら又1,4Gに戻り,最後は2Gで60分ということにした。これまでの実験状況から考えて,2Gで60分が一つの限界と判断され,2G以上,60分以上の負荷は行なわないことにした。 このようにして現在までに,1,4Gで60分をクリアしたのが9人,クリア出来なかったのが4人,1,7Gで60分をクリアしたのが6人,出来なかったのが5人,2Gで60分をクリアしたのが3人,出来なかったのが3人,という状況である。 クリア出来ないケースは,冷汗,心悸亢進,頭重,その他自律神経の緊張所見が多く,自覚的にもう耐えられないといえ訴えがほとんどであった。過大Gによる循環系の失調として考えられる血圧低下,脳貧血というケースはこの被験者群では観察されなかった。迷走神経緊張による心拍数の低下も観察されなかった。 負荷をクリアした被験者のパフォーマンスは,2時間ほどでほとんどが元のレベルに戻った。 (2)この成果の国際学会での発表と情報交換3月に日本(名古屋),5月に米国(マイアミ),8〜9月に米国(ワシントンおよびハワイ),10月に日本(東京)で,それぞれ国際会議が開かれ,我々の研究グループおよび研究協力者達が手分けをして,それぞれにこの遠心負荷に関する演題をいくつか発表した。遠心負荷中の脳血流の検討は,特に新しい知見を含み,従来の予想とは異なる興味ある結果が出て,各国の脳血流に興味を持つ研究者に大きな刺激を与えた。またNASAの生命科学を統括する医学関係者達は,前にも報告したが,人工重力の負荷の形態に係わる研究として以前から注目しており,研究者の情報交換において,いろいろな面で配慮してもらっている。この4月に,国際宇宙航行アカデミー主催のマン・イン・スペースが研究代表者が日本の世話役になって東京で開かれるが,そこで今までの研究の集大成として人工重力のセッションを設けた。このような大きな学会で人工重力が独立したセッションを構成するのは初めてである。日本から5題(内,我々のグループが4題),米国から3題,ロシアから1題の計9題がここで発表される。 米国の宇宙計画がクリントン政権になって見通しがあまり良くなく,世界の宇宙計画全体への影響が懸念される。そのためか,最初の会合をした人工重力研究の国際組識もNASAの坦当の動きが鈍く,組識が出来でもうまく機能していない。ここでも国際協力が難しいという一面を描き出していると思われる。
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