研究概要 |
この大学間協力研究は,3つの分野からなる。 1。日本脳炎(JE)とデング出血熱(DHF)に関する研究。 1-(1).2つのフラビウイルス感染症における交叉免疫応答,特に既存抗体を持つ場合の免疫応答。 1-(2)。簡便な鑑別診断用抗原の遺伝子組換えによる開発。1-(3).DHFの早期診法として,Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)の有用性の検討。 2。単純ヘルペスウイルス(HSV)の研究。 2-(1).HVS-IIウイルスの沖縄分離株とチェンマイ分離株を,病原性とDHA切断パタ-ンによって解析する。 2-(2).HVS感染について,チェンマイ地域において血清疫学的調査を行う。 3。糞線虫症に関する研究。 3-(1).チェンマイ地域における糞線虫症の野外調査。 3-(2).新しく開発された血清学的診法を沖縄とチェンマイで実施し,その有用性を検討する。 これら3つ分野における協力研究により,得られた成績の概要を以下に述べる。 1-(1).既存抗体の影響は,これまで考えられていたよりも更に強いことが分かった。即ち,フラビウイルスの再感染では,中和試験によって起因ウイルスを同定できるとされているが,それが不可能な例が少なからず確認された。既存のJE抗体を持つものが,デングウイルスの感染を受けると,12/34(35%)が抗デング中和抗体の有意な上昇(≧×4)と共に,抗JE中和抗体も有意に上昇し,ウイルス分離によらねば診断不能であった。逆に,既存の抗デング中和抗体を持つものが,JEウイスルの感染を受けた場合,2/5(40%)が両者に対する中和抗体価の有意な上昇を示した。これらの結果だけでは,JEとデングの同時感染の可能性を否定できないが,沖縄における米海兵隊のJE患者の血清的調査から,同時感染は否定された。即ち,1991年に海兵隊から3人のJE患者が発生したが,彼らは全て黄熱生ワクチンの接種を受けていた。彼らは全て抗JE中和抗体のみならず,抗黄熱中和抗体も有意な上昇を示した。沖縄に黄熱ウイルスが存在するとは考えられないので,同時感染は否定される。 このように,フラビウイルスの再感染においては,血清学的方法によるだけでは診断不可能なケ-ス存在することが明らかになった。 1-(2).デングウイルス4型のエンベロ-ブ蛋白のアミノ基側約2/3を発現させた蛋白は,JEとDHFを鑑別診断する上で有用であるという成績を得た。その特異性は,中和試験に匹敵すると考えられた。この結果は,Am.J.Trop.Med.Hyg.45,636-646,1991.に掲載されている。 1-(3).PT-PCR法は,DHFの早期診断としてウイルス分離に劣らず有用であることが分かった。1-(1)で述べたように,血清学的方法に限界があるので,ウイルスRNAの検出による早期診断法は推奨される。但し,コスト面での問題は残る。 2-(1).HVS-II分離株のDNA種々の酵素で切断すると,そのパタ-ンにおいて沖縄,チェンマイそれぞれに特徴がみられた。HVS潜伏感染する故,地域のウイルスの遺伝子レベルにおける特徴がよく保存されているためと考えられる。ウイルスの病原性の検討では,沖縄分離株の中に,マウスに対して強い病原性を有するものと弱いものが存在することが分かった。病原性の強いHVS-IIウイルスは,マウスの末梢接種により中枢中経症状を起こして死亡する。その脳組識内にウイルスが増殖していることが確認された。 2-(2).血清疫学によって,チェンマイ地域では10-19才で80%以上がHVS感染を受けていることが分かった。 3-(1).チェンマイ農村部の小児と成人,1,053人の調査で,糞線虫陽性者は20.5%,タイ肝吸虫が20.6%,成人のみ(363人)では,タイ肝吸虫が54.0%,糞線虫は46.3%であった。何らかの消化器性寄生虫を持つものは,成人で86.5%に達した。 3-(2).佐藤らが開発したELISA法を沖縄とチェンマイで使用し比較検討した。便培養法により糞線虫陽性者と陰性者に分け,本ELISA法を試みたところ,沖縄のサンプルは明確に2群に対応したが,チェンマイでは便培養陽性サンプルでもELISAで陰性となったり,逆に陰性と確認されたサンプルが陽性を示すものがあった。チェンマイの農村地域では,他の多くの寄生虫の共感染があり,それらの間の何らかの交叉反応によりクリア-な結果が出なかった可能性が考えられる。
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