研究概要 |
ウシ白血病は,ウシにもっとも多発する腫瘍性疾患で,リンパ系細胞の異常増植を主徴としている。本病は疫学,臨床ならびに病理学上の所見から地方病性白血病(成牛型)と散発性白血病(子牛型,胸腺型,皮膚型)との2つに大別されるが,地方病性白血病の発生頻度および経済的被害は散発性白血病に比べると著しく大きい。地方病性白血病(成牛型)の病因はウシ白血病ウイルス(BLV)であり,伝染性性格を備えている。成牛型白血病はBLVの感染後,年単位の長期にわたる潜伏期を経て発病するもので,この間病原ウイルスは主としてリンパ球に持続感染し,感染牛の体外に放出された感染リンパ球によって水平伝播幡,または乳汁を介して垂直感染が成立する。したかってBLV感染は発病(白血病)の有無にかゝわらず最も重要な本病の汚染源となる。我々は既にBLV感染診断液の開発に成功し(北里抗原),陽性牛と早期発見と隔離・淘汰によってBLV非汚染牧場の作出を行って来た。 本共同研究は中国における獣医病理学者との連繋によって,環境および飼育条件の異なる中国東北地方における白血病の発生を病理学的に比較検討し,本病の伝播様式ならびに腫瘍化病態を明らかにすることを目的とした。得られた成績は次の通りである。 初年度:平成2年6月25日から7月11日の18日間,北里大学共同研究者4名は計画通り,中国・吉林省にある長春獣医大学に出向し,中国原産の黄牛(肉用牛)257頭およびホルスタイン牛(乳用牛)113頭の計370頭について,血液検査とウシ白血病ウイルスの抗体調査を実施した。抗体検出には,ウシ白血病ウイルス感染診断液(北里抗原)を用いた寒天ゲル内免疫沈降反応(AGID)法によった。その結果,BLV抗体は乳用牛(ホルスタイン種)の全頭が陰性を示したのに対し,肉用牛(黄牛)に僅かながら陽性を示すものが指摘された。乳用牛の飼養は集約的な牧場形態を示していることから,その維持に対し,AGID法による定期的検査と牛体の導移入に対しての対策が求められた。また同時に行なわれた血液学的検査において黄牛の3頭,乳用牛の15頭にリンパ球増多症(lymphocytosis)(Bendixenの白血病診断半準による)が認められた。しかし,血液原虫の寄生は全例が陰性であった。 次年度:平成3年6月20日から7月1日の12日間,北里大学共同研究者3名は,昨年に引続き長春獣医大学に出向した。本年度はホルスタイン牧場の乳用牛180頭を無作爲に抽出し,BLV抗体の調査を実施した。また中国各地で発生したウシ白血病材料について病理組織学的,免疫組織化学的(抗ウシIgG,CD_4,CD_8血清による酵素抗体法)ならびに走査電子顕微鏡学的に検討し,日本における牛白血病との病態比較を行った。 (1)BLVの感染疫学:ホルスタイン種牧場の乳用牛180頭はAGID法による抗体調査で,全例が陰性であった。すなわち昨年に引続きこの牧場はBLV感染フリ-を維持していることが明らかとなった。 (2)中国におけるウシ白血病の病理像:体諸所に形成された大小の腫瘍塊は,病理組織学的にはいずれもリンパ系細胞のび蔓性の腫瘍性増殖を特徴としていた。それら腫瘍細胞の形態は,日本における白血病分類(LSG)の非ホジキン型リンパ腫の離疇に包含され,その中のsmall cell typeおよびmedium sized cell typeに属するものであった。またそれら細胞は免疫学的にIgG陽性のBリンパ球の性状を備え,Tリンパ球のマ-カ-であるCD_4,CD_8にはいずれも反応を欠いていた。走査型電子顕微鏡観察では,腫瘍細胞の表面に多数の長短の微絨毛が認められた。 以上,日中学術研究で得られた成果は次の様に要約される。 1.ウシ白血病感染診断液(北里抗原)を用いたウシ白血病ウイルスの抗体調査を行った。その結果,黄牛にウイルスの感染が認められ,将来本ウイルスの蔓延が危慎された。しかし,ホルスタイン種牧場については非汚染牧場を維持していることが明らかとなった。今後定期的な抗体検査による陽性牛の早期摘発の必要性が予防上重要であることが考察される。 2.中国のウシ白血病の多くは,我が国における地方病性白血病(成牛型)に合致し,Bリンパ球を起源とする型であると見做される。
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