研究概要 |
早稲田大学・ローマ《ラ・サピエンツァ》大学間交換協定[昭和61年締結]に基づく共同研究計画(言語学部門およびロマンス言語学部門)を継続発展させることを目標とした。 ソシュール言語学部門:ソシュールの『講義』(1916)は,こんにちいかなる言語理論もソシュールとの関連を問われないものはない程に20世紀の言語学に大きな影響を与えたが,その成立過程(弟子たちによる出版)に由来する曖昧さも指摘され,多くの論点を含んでいる。しかしながら最近の言語学におけるその引用頻度の低さからもソシュールの存在が十分に評価されているとはいえない。ローマ大学のデ・マウロ教授は,原資料を(エングラー版ほか)の利用はもとより,『講義』自体の従来見過ごされてきた章を見直すことにより,矛盾を含まないソシュール思想の究明(共時対通時,統合対連合などの2分法の真の意図の解明ほか)を試みた学者である。同教授の協力に基づき,ソシュールの『講義』のなかの論点を順に再検討しながら,ソシュール思想の綜合的解釈をねらった。最終年度(平成4年)においては,デ・マウロ教授と共同にて計画した国際シンポジウム《ソシュール言語学とその現代性》を開催し(於 早稲田大学総合学術情報センター内国際会議場,4月2日〜4日,議長デ・マウロ教授,開催責任者=研究代表者),ソシュール言語学の現代性を追求し,その20世紀言語理論における存在を再評価する会議とした。ことにソシュールの『講義』の原資料研究の国際的権威R.エングラー教授,ソシュール思想の源泉を論じるE.コセリウ教授,わが国のソシュール研究を代表する丸山圭三郎教授,国語学の分野におけるソシュールの受容を論じた大野晋教授ほかの招待講演とともに,合わせて30近い研究発表があり,ソシュールに関心を寄せる約130名の学者の参加を得,活発な質疑応答,ことに海外からの著名な言語学者の参加は,この会合を有意義なシンポジウムとして成功に導いてくれたものと確信している。なお著者(研究代表者)は,「F.ド・ソシュールと語形成」と題する研究発表において,従来言語研究の周辺に置かれがちであった語形成こそ言語現象を理解する重要な鍵であると指摘し,ソシュール思想の妥当な理解のためには,『講義』のなかで「言語の機構」を扱った章における語形成の現象に関するソシュールの見解に注目すべきことを主張した。現在このシンポジウムのプロシーディングズ(論文集)を編集中であり,ジュネーヴにて印刷・出版の予定である。平成5年においては,このシンポジウムの諸論文の再検討をも継続テーマとしている。 ロマンス言語学部門:ロマンス語の研究は,その根底において19世紀の歴史比較文法の方法をモデルとしたため,主要言語中心に発展してきたが,少数派ロマンス語(サルジニア語,カタルニア語,レト・ロマンス語など,さらには各地域の諸方言)をも対象としてこそロマンス語の全体像に迫ることができるという視点より,国際ロマンス言語学会の会長を務められたローマ大学ロマンス語学科のA.ロンカリア教授の指導と協力を得ながら,主要言語中心から少数派ロマンス語を含むロマンス言語学の方法論の確立を目指している。 少数派ロマンス語のうち,ことにそのアルカイックな特性で注目されるサルジニア語に関してその現地調査を,従来からの計画を継続行した。ラテン語の語末子音のうち一般にロマンス語で消失した-t(主として動詞の3人称単数語尾)がサルジニア語のすべての方言で保存されていることを,サルジニア語の特質のひとつとすべきことは,第19回国際ロマンス言語学会(スペイン1989)にて主張したが,その再調査をした。さらに口蓋母音の前のC[k]の口蓋化を免れたヌーオロ方言の現地調査も行い,日本ロマンス語学会第27回大会(京都1990)にて発表した。これらの研究と平行してヌーオロ方言の基礎語彙の調査も可能な限り継続した(現在出版のため準備中)。さらにイタリア語およびロマンス語の《動詞+名詞》型の合成名詞についても第25回イタリア言語学会(於スイス1991)にて研究発表した。こんごは他の少数派ロマンス語の調査も試み,これらの言語を除いたロマンス言語学がいかに不充分な科学に留まるかを指摘していく計画である。
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