研究課題
醤油醸造業の特色は、近世から現代に至るまで、全国各地で様々な規模の醸造家が生産活動を行っていることである。従って、醤油醸造業史の研究の進展には、地域・規模の二側面から、それぞれ特徴を有する経営を分析し、かつその結果を総合していくことが不可欠となる。我々は2年間の調査活動により複数の有力醸造家の史料へのアプロ-チに成功し、同時に各地域の中・小規模の醸造家の史料発堀も手掛けることができた。分析対象とした有力醸造家は、ヤマサ醤油(千葉県・銚子)、キノエネ醤油(千葉県・野田)、ヒガシマル醤油(兵庫県・龍野)、マルキン醤油(香川県・小豆島)である。いずれも近世以来の有力産地に君臨する大醸造家であり、これらの醸造家の経営分析によって、有力産地および大規模醸造家の発展の過程と論理が明らかになりつつある。他方、近世の有力産地の中にもその後、停滞ないしは衰退の過程を辿るものがあった。和歌山県の湯浅、茨城県の江戸崎・土浦がその事例である。湯浅の加納家文書からは、日本最古といわれる湯浅醤油が、明治期以降全国市場からの撤退を余儀なくされたことが判明し、江戸崎の関口家の事例は、醤油醸造業の停滞は醸造家の家産動向と密接な関連があったことを示唆している。また、愛知県や福岡県の場合、中規模の醸造家群の簇生が、東海、北九州といったエリアの需要に対応していたことが特徴として明らかとなった。さらに、茨城県・真壁の田崎家の分析により、これらの醤油産地の展開と並行して小規模な醸造家が大正・昭和期に至るまで根強く存続し、それは近隣の住人を顧客とし、原料である小麦・大豆を小作料として調達することに支えられていたことが判明した。この様に醤油醸造業史の展開の多様な諸局面が明らかとなりつつあり、今後は個別産地・経営の分析を深めるとともに、その相互の関係を分析、総合し、醤油醸造業史の全体像を求めていきたい。
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