様々なタイプの症例多数について検討を加え、従来の知見が確認されるとともに、これまで報告されていない新しい知見も得られている。 1)右中心前回下部梗塞後なんら発話の障害を示さなかった症例が、その後生じた左中心前回下部の梗塞により重度で永続する語唖症状を呈したことから、左中心前回下部と発話機能との関係が明らかにされた。 2)相貎失認を呈した後大脳動脈流域の両側性梗塞2例と右一側性梗塞2例の、視覚認知機能と病巣の精密な分析により、相貌失認が未知顔貌の認知・識別を含む他の視覚認知機能の障害を一切伴わずに孤立性に生じ得ること、相貌失認の責任病巣は後頭葉内側下部の舌状回と紡錘状回であること、右一側性損傷でも相貌失認が生じることが明らかにされた。また相貌失認の発現機序として、側頭葉連合野に貯蔵されている熟知顔貌の記憶が、視覚皮質で正しく処理された入力によって喚起されない事態が考えられた。 3)仮名に選択的な障害を呈した純粋失読例の視覚認知機能の、AVタキストを用いた精密な分析により、仮名の視覚的処理速度の選択的な低下が明らかにされ、仮名と漢字の処理が、脳内で異なる経路を取っている可能性が示唆された。 4)右半卵円中心病変による"左手の失行・病的把握"例の臨床像と病巣の分析から、左手の失行が右半球内の交連線維離断でも生じることと、右半球内の連合線維の離断により、行為抑制の解放現象(病的把握)が生じることが明らかにされた。 5)右辺緑葉後部限局病変により、顕著な道順障害を呈した2症例の分析から、その機序は、道順をたどるうえで指標となる個々の建物、街並などの空間的位置に関する記憶の害にあることが明らかにされ、右辺緑葉後部皮質と地理的記憶との関連が示唆された。
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