初年度に当たる平成2年度は、パ-ソナルコンュ-タ-一式、及び歌舞伎関係資料として、正本・稽古本・その他の参考図書の購入を行った。調査・研究は東京を中心に行い、国立音楽大学附属図書館竹内道敬寄託文庫・東京大学教養学部黒木文庫・東京大学附属図書館・上野学園日本音楽資料室・国立国会図書館・東京都立中央図書館加賀文庫・東京能術大学附属図書館などに所蔵されている資料の調査・収集を行った。これらの内、現在ほとんど行われていない富本節の資料はやはり僅かとなっていること、特に江戸末期の稽古本が少ないことが知られた。このことは、すでに幕末期には富本節は衰退し始めており、購買能力が減退していたので、稽古本の出版も少なくなっていたことを窺わせる状況と見ることができるかもしれない。逆に、本年度の調査では、清元節の資料は古いものが少なかったが、清元節については、忍頂寺務氏のコレクションが大阪大学文学部忍頂寺文庫にあるので、3年度の調査に期待したい。収集資料を検討した結果、富本節が常磐津節から独立誕生した前後の事情については、具体的な資料がほとんどないこと、しかし、周辺資料によると、初代富本豊前掾と初代常磐津文字太夫との間にはかなり複雑な事情があったらしいこと、それには歌舞伎の浄瑠璃所作事の発達が緊密に関わっていたことなどが明かとなってきた。また、曲節の独立と流派の成立は、必ずしも同一の経過をたどってはいないこと、特に、常磐津・富本・清元成立前後の江戸豊後節系浄瑠璃の状況は、太夫の個性と曲節が密接で、分裂や独立を繰り返しており、流派として伝わっていく形態を確立するには、曲節の固定という状況が必要であり、時間がかかったと思われることなどがわかってきた。こうした点については、本報告書11に挙げた雑誌論文としてまとめて発表、或いは発表する予定である。
|