研究概要 |
文法現象の諸相を総合的かつ有機的に取り扱うことを可能ならしめる文法理論「総合有機文法理論(Integrated Functional Grammar)」(仮称)の開発・構築にあたって、文法構造と認知機構の関係について追究を試みた。特に取り上げたテ-マは、ヴォイスの現象のうちのapplicalivesとbenefactivesと呼ばれる構文である。まず、認知的観点からヴォイスへのアプロ-チに先駆けて、文法項の階層とそれらの心的地位について考察がなされ、主語>直接目的語>間接的目語>斜格目的語という階層は、それぞれの文法項の心的地位の違いを反映しーーつまり階層の高さと心的地位の高さが相関しておりーーさらに心的地位はそれぞれの項があらわす事象参加者の事象への関与度と相関していると考える。この観点からすれば、ヴォイスとは、文法項としてのコ-ド化にみられる、事象参加者の心的地位の変化と捉えることが出来る。場所や道具をあらわす名詞句が斜格目的語としてでなく、直接目的語としてあらわされるapplicalives,そして受益者を直接的語または間接目的語としてあらわすbenefactivesについてもこのような観点から接近することが可能であり、本研究はこれらの構文がどのような認知メカニズムを通して成立しているのかを明確にした。 問題の構文について最も重要なことは、それぞれの構文が一様に成立するのでははなく、成立可能なものとそうでないもの、さらにその間にあるあいまいな表現が見られるという点である。このことはapplicativesまたはbenefactivesによって捉えられる状況が何等かの尺度でもって仲介されていることを示し、与えられた状況がその尺度に合致すれば、全うな構文が得られるが、そうでない場合にはあいまいな表現や、受け入れられない表現が得られると考えられる。 本研究は、このような尺度をスキマ(schema)と呼ぶことにし、applicalivesに対しては他動詞構文を、そしてbenefactivesに対しては「与える」を述語とする構文がスキマとしていると考え、これらに基づいて、両構文の特性を明確にした。 本研究から、スキマは話者が状況を把握するときの手がかりとなり、捉えられるべき状況とスキマとの合致のありかたによって、文法性が異なってくるということが判明したわけであるが、このことは一般的認知機構による事物の範疇化(categorization)の状況と等しく、本研究の考え方および分析が正しいものであるならば、自律的文法論を唱えるチョムスキ-の立場とは逆に、文法と一般的認知機構の間には密接な関係が見い出せることとなる。
|