研究概要 |
本研究課題による研究の第2年次にあたる本年度は,第1年次において収集した資料について検討・分析するとともに,本研究課題のなかでとりわけ重要な意味をもつことが判明したジョン・フライヤ-の江南製造局繙訳館における翻訳事業を解説した文章,すなわち「江南製造局翻訳事業記」(1880)についての研究を実施し,その邦訳・訳注作業を開始した。1868年,上海においてこの翻訳事業が公式的に開始されて以来,8名以上のイギリスやアメリカの宣教師達と30名以上の中国人によって科学技術書を中心とした98部(235冊)の西欧の書籍が口述,筆受という方法で訳出され刊行された。その一部は日本にももたらされたことは本年度の調査によって判明したところである。 この翻訳事業には清朝の高官であった曽国藩や李鴻章らが直接・間接的に関与し,その進行に強い関心を示した。しかし,最終的には,中国近代化のために必ずしも所期の目的が達せられたといえなかったのはなぜか,という問題にイギリス人であった当事者のこの解説書が最も有効に答えるものであるということがわかった。これについてはすでにアメリカのA・ベネットの研究があるが,日本ではその位置付けがなされていたとはいえないので,この訳注のプレリミナリ-な成果を第2年次の終了とともに公表することができた。 当時の科学技術は西欧においても急速な発展をとげていたが,この事業開始当初の中国において目標とされていたレベルを短期間のうちに上回っていくという結果になり,翻訳事業の対象とする文献について,当初の大英百科全書的な叢書からもっと専門的,個別的なものを翻訳刊行する必要に迫られたという事情についての理解もこの「事業記」の分析作業を進めた結果として明白になった。
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