細胞性粘菌の発生系では、細胞が集合して組織を形成すると、その中で2種類の細胞(予定柄細胞と予定胞子細胞)が組織の大きさに関係なく一定の割合で分化し、それぞれが組織の前後を占める。本研究はこの分化パターン形成機構を明らかにする目的で、予定胞子細胞において最も早く転写を開始するDp87遺伝子に着目し、その発現調節と機能を解析した。本年度は次の2点を明らかにした。 1)大腸菌で多量に作らせたDp87遺伝子産物に対して特異抗体を作製し、それを用いて免疫学的な解析を行った。その結果、この遺伝子産物は集合後期に初めて分子量81kDタンパク質として小胞体中に出現し、発生が進み予定胞子細胞中にPSV(予定胞子液胞)が形成されると、修飾を受けて83kDタンパク質となり、PSV内の繊維状構造物の中に蓄えられることが明らかになった。さらに、胞子形成に際して、PSVが細胞外に分泌されるのに伴って、このタンパク質も放出され、子実体の胞子間基質となることが解った。これら一連の研究によって、胞子間基質タンパク質について初めての知見が得られるとともに、PSVおよび胞子形成過程におけるこのタンパク質の細胞内局在の変化が明らかになった。一方、この遺伝子産物の機能を調べるために相同組換え法を用いてこの遺伝子を欠損する突然変異株を作製した。しかし、この株は形態的にも機能的にも野生株と大きな差を示さなかった。 2)Dp87遺伝子の転写調節に関与するゲノム5´上流域を詳細に解析したところ、予定胞子細胞に特異的で転写を正に制御する調節領域が少なくとも4箇所、予定胞子細胞以外の細胞で転写を負に制御する調節領域が1箇所、細胞型に関係なく転写量を増大させる領域が1箇所存在し、それらと転写開始点近傍のコアプロモーターが共働することによってこの遺伝子の細胞型および発生段階特異的な転写が制御されていることが解った。
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