昆虫血液内にあるフェノ-ル酸化酵素カスケ-ド(pro Po)カスケ-ド)の構成要素でカビやバクテリアの細胞壁成分[βー1、3ーグルカン(βG)やペプチドグリカン(PG)]と特異的に統合するタンパク[βー1、3ーグルカン認識タンパク(βGRP)とペプチドグリカン認識タンパク(PGRP)]を我々はすでに単離精製している。本研究課題はこれらβGRPやPGRPがカビやバクテリアの細胞壁成分により誘発される抗菌ペプチドの合成や“被のう形成"などの生体防御反応にどのように係わっているかを明らかにすることを主眼にしている。βGRPやPGRPが抗菌ペプチドの合成誘導に係わっている直接の証拠は未だ得られていない。しかし本年度の研究により、それらの関与の可能性を示唆する事実が明らかになった。 家蚕5令5日目の幼虫表皮をサンドペ-パ-で真皮細胞に傷をつけないようにクチクルだけに傷をつけると24時間後に血液中に抗菌性ペプチドが出現した。無菌的に飼育されたカイコで同様の実験を行っても抗菌ペプチドの合成の誘導はみられなかった。しかし無菌的に飼育されたカイコのクチクルに傷を与えたあと、その部分にPGを塗布すると抗菌ペプチドの合成が誘導された。免疫電顕的にクチクルにPGRPが存在することがその後確認されている。このことからクチクル内でPGがPGRPと結合し、その複合体が真皮細胞に異物認識信号を与えている可能性も考えられる。現在この可能性を証明するための実験を準備中である。 いままでクチクルは生体防御において単に物理的障壁とのみ考えられがちであったが、本年度の我々の研究はクチクルが化学的にも積極的に昆虫の生体防御機構に関与していることを始めて明確に示したものといえる。
|