本研究の目的は、酵母の高発現宿主構築のための遺伝的基盤を明らかにすることである。この目的のため、生産物の量が容易に測定できる酸性ホスファターゼ(APase)遺伝子(PHO5)をレポーターとして、ヒスチジン合成系遺伝子HIS5やPHO5遺伝子プロモーターによるAPaseの生産が転写レベルで上昇する多数の変異株(bel)を分離し、その分子生物学的解析を行ってきた。本年度は、まず、BEL2遺伝子が、異なる表現型を指標として分離、同定されていたTFS3、SIN4と同じ遺伝子であることがわかった。sin4変異はHO遺伝子の、また、tsf3変異は、GAL系遺伝子の発現上昇や、CST1遺伝子の転写の低下を引き起こす。従って、BEL2遺伝子は多様な遺伝子の転写の活性化、あるいは抑制に作用していると考えられる。そこで、新たに、いくつかの遺伝子の転写に及ぼすbel2変異の効果を調べたところ、リン酸のトランスポーターをコードするPHO84遺伝子の転写を低下させることがわかった。bel2変異は、HIS5やPHO5遺伝子に対し、その転写活性化因子、Gcn4p、Pho4pの有無にかかわらず転写の上昇を引き起こす。これをさらに確かめるため、PHO5遺伝子のプロモーターからPho4pの結合部位であるUASpを欠失させたところ、抑制条件下においてもなお高い発現が見られた。さらに、bel2変異株と野生型株における抑制条件下、脱抑制条件下でのPHO5遺伝子の発現を詳細に解析し、bel2変異とPho4の効果に加算性があることを見いだした。前年度までに明らかにしたbel2変異の効果が染色体の位置によって変化する事実を考え合わせれば、Bel2タンパクは転写調節因子というよりも、クロマチン構造など広く転写環境に関与する因子であると考えられる。本研究により、bel2変異のような広く転写環境に異常を引き起こす変異を持つ株を宿主とすれば、異種タンパク質の生産量が飛躍的に向上する可能性が示唆された。
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