研究概要 |
哺乳動物の中枢神経伝導路は,いったん形成された後,壊れることはあっても再生することはなく,ましてやその神経要素を取り替えたり補充したりして神経回路網を修復することは不可能と考えられてきた.本研究はそれが可能であることを明らかにし,さらにはそれを成功に導くような因子や条件を解明することをめざして,新生ラットの小脳を全部あるいは半側切除したあと相同部位に胎児ラット(胎生16日)の半側小脳を移植した.これは,移植小脳と宿主脳が相接している小脳脚切断部を通って,切断された宿主脳の入力線維である登上線維と苔状線維が再生して移植小脳に入り,移植小脳からは出力線維が宿主の脳幹に出ていくことを期待したのである.この期待は切断された小脳遠心投射の再生が,胎児ラットの相同部位を含む脳組織の移植により著明に促進されることからの類推による.実際,相同部位で生着した小脳は正常な小脳に匹敵するほど成長し,正常な小脳脚と較べて遜色のない小脳脚を形成して脳幹につながり,皮質と深部核は分化して正常な小脳と同様な細胞構築を示した.また,宿主の脳の小脳前核の細胞はよく保たれていた.このことは移植した小脳に入出力ができたことを示している.これとは対照的に,移植後,尾側に移動して異所性に生着した小脳の発育は悪く,皮質を構成する神経細胞は残存していたが,小脳核の神経細胞は失われていた.皮質の神経細胞はロゼットを形成しており,部分的に分子層,プルキンエ細胞層,顆粒層プルキンエ細胞層が区別されたけれどもその細胞構築は乱れていた.また,宿主の脳幹の小脳前核の神経細胞は殆ど完全に脱落していた.以上の結果は哺乳動物の脳が潜在的には極めて大きな再生と自己組織化の能力を有しており,適当な条件を与えてそれを発現させることができれば,大規模な神経回路の再構築が可能であることを示しているように思われる。
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