研究概要 |
有機溶剤中毒による中枢神経障害は中毒症例の解析により自覚症、小脳症状などの臨床医学的所見、脳波異常、CTの異常、痙攣閾値の低下等で明らかにしてきた。そして、最近では疫学的に初老性痴呆など中枢神経障害者に有機溶剤曝露歴が多いことが報告されている。また、シンナ-乱用による中枢神経障害も重要な問題となっている。しかし、その障害部位や障害機序については十分明らかにされていない。そこで、免疫生化学的に測定できるようになった神経細胞障害のマ-カ-としてγーエノラ-ゼ、神経膠細胞障害のマ-カ-としてαーエノラ-ゼ、βーS100蛋白、クレアチンキナ-ゼBおよび神経伝達物質であるアミン類の変化を指標として、有機溶剤曝露時の中枢神経障害の部位および機序を明らかにし、有機溶剤による中枢神経障害の早期診断や衛生基準設定の基礎資料を提供しようとするものである。中枢神経作用が強い有機溶剤であるトルエン100,300,1000ppmにラットを1日8時間、週6日、16週間暴露した実験では神経細胞及び神経膠細胞の障害マ-カ-に量依存的な変化が認められた。特に、小脳において変化が著しかったことは中毒症例で小脳症状が著しいことと対応していること、現在の許容濃度である100ppmでも有意な変化が認められたことは注目された。トルエンと並んで中枢神経作用が著しく、nーヘキサンの末梢神経障害を増強することが知られているメチルエチルケトン(MEK)200,630,2000ppmにラットを1日8時間、14日間曝露した実験で、神経細胞及び神経膠細胞の障害マ-カ-の変化を脳の各部位で測定した。その結果、トルエン曝露群と異なり、MEK曝露群では神経細胞障害のマ-カ-(2)は変化が認められず、神経膠細胞の障害マ-カ-であるβーS100蛋白が全曝露群で対照群に比して有意に増加し、特に脊髄では増加が著しく、量依存関係が認められた。これらの変化はトルエンとMEKではその中枢作用機序が異なることを示唆した。また、現在のMEKの許容濃度200ppmでも神経膠細胞の障害マ-カ-に変化が認められたことは注目される。有機溶剤の中枢神経毒性の作用機序を動的に解明するために、トルエン80、250、800mg/kgをラットの腹腔に投与し、マイクロダイアリス法により脳内各部位におけるの神経伝達物質であるド-パミン及びその代謝物を脳の線条体で測定した。その結果、800mg/kg投与群では著しい行動量の増加が認められたが、線条体内のド-パミン及びその代謝物はこれに対応した変化は示さなかった。従って、トルエンによる行動変化はド-パミン系以外の系の賦活によるものであることが示唆された。
|