研究概要 |
神経細胞のマーカー蛋白とグリア細胞のマーカー蛋白および神経伝達物質である脳内アミン類を指標として、有機溶剤中毒による中枢神経障害の機序を明らかにし、中毒の早期診断や衛生基準設定の基礎資料を得る目的で実験を行った。トルエン暴露によって、小脳のグリア細胞マーカー蛋白が有意に増加することを認めた。この結果は高濃度暴露を受けた労働者やシンナー嗜癖者に小脳病状がよく見られることと一致している。さらに、トルエン以外の有機溶剤で、特異的に未梢神経毒性を有するn-ヘキサンと中枢神経作用の強いメチルエチルケトン(MEK)に暴露して、マーカー蛋白の変化を検討した。その成果、1)ラットをn-ヘキサン2000ppmに1日12時間、1週6日、24週間曝露した慢性性実験では、脳内の神経細胞のマーカー蛋白(γ-エノラーゼ)とグリア細胞のマーカー蛋白(α-エノラーゼ、β-S100蛋白、クレアチンキナーゼ-B)を測定し、坐骨神経遠位部でγ-エノラーゼ、γ-エノラーゼ、β-S100蛋白が有意に減少したが、中枢神経系では有意な変化は認められなかった。2)ラットをメチルエチルケトン(MEK)200,630,2000ppm,1日8時間、1週6日、2週間暴露した亜急性実験では、β-S100蛋白が脊髄で量依存的に有意に増加したが、上位中枢ではマーカー蛋白は有意な変化を示さなかった。これらの結果はトルエンは小脳のグリア細胞がつよく作用するが、n-ヘキサンは未梢神経のマーカー蛋白のみ変化させ、中枢の神経マーカー蛋白は変化しないことを示し、神経マーカー蛋白が有機容剤の中枢神経系への影響のよい指標になること、トルエンとMEKの曝露が中枢神経系のグリオーシスを生じる可能性があること、トルエンとMEKの中枢神経作用は異なることを示唆した。3)ラットにトルエン80,250,800mg/kg及びメタアンフェタミン1mg/kgを腹腔内投与して、マイクロダイアリス法を用いて脳内線条体のドーパミンおよびその代謝物のDOPACとHVAを測定した。同時にラットの行動量を測定した。その結果、メタアンフェタミン1mg/kg群は行動量と線条体のドーパミンは有意に増加しその代謝物は有意に減少した。しかし、トルエン80Omg/kg群では行動量は増加したがドーパミンおよびその代謝物は変化が認められなかった。この結果から、トルエンの中枢神経系への作用機序はメタアンフェタミンとは異なり、脳内の他の系に作用している可能性を示唆した。
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