本研究に使用した顔面奇形を有するトランスジェニックマウスは、熊本大学医学部遺伝医学研究施設細胞遺伝部門、山村研一教授により、家族性アミロイドポリニュ-ロパシ-のモデルとしてヒト異型トランスサイレチン(TTR)遺伝子を導入することにより作製されたものである。このマウスでは、口吻の前方への突出が著しく悪く、上唇中央部(人中部)の裂溝が深い。また、上顎が左または右に偏位しているなどの特徴が認められる。そこで本研究では、以上のような顔面奇形が胎生期のいつ頃から現れ、どの様に進行していくのかを、同腹の正常胎児と比較しつつ走査電子顕微鏡、実体顕微鏡、及び光学顕微鏡で観察を行った。 その結果、胎齢11.5日の走査電子顕微鏡、及び光学顕微鏡による観察からは、顔面奇形の有無は確認できなかった。しかし、胎齢13.5日より実体顕微鏡下で、顔面奇形を有する胎児では、正常胎児に比べ全身が小さく、また口吻の前方への突出が悪く、上唇中央部の裂溝が深いことが観察された。これらの点は胎齢を経ても同様に認められた。さらに光学顕微鏡による観察からも顔面奇形を有する胎児では、胎齢13.5日より上唇部の膨らみが少なく、胎齢15.5日以降は鼻骨、上顎骨、下顎骨、筋が低形成であることが確認された。 以上のことから、本研究で使用したマウスは、胎齢13.5日ですでに顔面奇形の徴候を示していること、その奇形の特徴は成獣のものとほぼ共通していることが明かとなった。また口吻の劣成長や、骨、筋の低形成は、それらの組織を発生する第1鰓弓、あるいは神経堤細胞に由来する顔面の間葉細胞の増殖、分化、前方への移動が正常に行われなかったことに、起因するものと考えられる。さらに上顎の偏位は、離乳後の咀嚼運動が虚弱な骨や筋の組織の許容運動量を超えるために生じるものではないかと推測された。
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