咬合機能と体性運動機能と相関に関して、申請者らはこれまで健康成人において、噛みしめ行為とヒラメ筋H反射との相関の有無を検索し、噛みしめ時に、この脊髄単シナプス反射が著しい促通を受けること、その促通の程度は咬合力と正の相関を示すことを見いだした。しかしながら、この促進効果の神経機構は、まったく不明であった。そこで、この促通効果に対する、上位脳ならびに口腔領域に生ずる未梢性感覚情報の関与の有無に関して検索を行った。 上位脳からの下行性の影響に関しては、6人の被検者に対して、右側咬筋の筋電図活動の開始時点を基準として咬筋活動の時間経過に伴うH反射の振幅の変化を検索した。その結果、6人全員で咬筋筋電図の開始以前からヒラメ筋H反射の促通が認められた(平均±1SD、59.5±16.5ms、最大82ms、最小40ms)。これより、噛みしめ時に生ずるH反射の促通に、咬筋の活動開始以前には脊髄より上位の機構が関与することが結論される。 噛みしめ時に生ずる末梢性感覚情報の関与に関しては、4人の被検者に対して、上位脳からの運動指冷とは無関係に、反射性に咬筋の筋電図活動を消失させた時に誘発したH反射の振幅と噛みしめのみを行った際の振幅とを比較することによって検索した。その結果、噛みしめ時に下口唇の電気刺激により咬筋の筋電図活動が消失した時に誘発されたH反射の振幅は、噛みしめのみを行った場合に比べ、有意に小さいことが判明した(P<0.05)。しかしながら、まったく噛みしめを行わない対照群と比較すると有意な促通が認められた(P<0.05)。 以上の結果より、噛みしめ時のヒラメ筋H反射の促進には、上位脳からの運動指令および口腔領域の感覚情報の両者が関与することが結論される。また、口腔領域から離れた下肢の単シナプス反射が口腔領域に生ずる感覚情報の影響を受けて変調されるという事実は、咬合状態の変化によって全身の運動遂行能力に変化が起こる可能性を示唆するものである。
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