人工内耳は、重度聴覚障害者の残存する末梢聴神経を電気で刺激し、音に関する情報を中枢に伝達させる聴覚補綴手段である。本論文は、幼児や小児にも適用でき、内耳への侵襲を極力少なくすることを目的としたシングルチャンネル蝸牛外刺激型人工内耳システムを試作し評価したものである。その主な成果は次の3点に要約される。 (1)蝸牛管の正円窓膜に電極を接触させて電流を内耳に送るという方法を採用し、膜を傷つけないための高分子被履電極を開発した。動物実験の結果から、この電極の電気的特性は安定で生体適合性も高いことを確かめると共に、この電極で聴神経を十分発火させ得ることを示した。 (2)外耳道内で信号を体内に電磁波伝送する超小型の電子回路を開発し、その伝送効率の安定性やコイル間の位置ずれの影響等に関する電気的特性を明らかにした。また動物実験から本方式の有効性と体内での信号伝送の長時間安定性を確認した。 (3)モルモットの蝸牛を時系列信号で電気刺激し聴神経の応答を調べ聴神経の時間分解能が高いことを確認した。さらに、電気刺激による検査の結果から、ヒトの場合でも時系列刺激の識別能が十分高いことを見いだし、音声スペクトルを時系列刺激に変換する新しい符号化方式を提案し、これに必要な信号処理をDSPを用いて実現した。 以上、本試験研究では新しい発想に基づく人工内耳を開発し、重度聴覚障害者支援システムとしての有効性を確認した。
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