今回の研究の当初の目的は、広義の英文学に属するテクストを、ジャンル上の区分にとらわれることなくできるだけ広汎に取りあげ、空間的、三次元的なるものに対する人間の意識、心性の変遷、文学的媒体が建築その他の空間芸術に対して有してきた両面価値的な関係といった諸問題に考察を加えることにあった。そうした探究の過程にあっては、文学史、批評史のさまざまな局面に眼を向け、たとえば、「パ-スペクティヴ」、「地平」というような、常套化して用いられているようにも思われるメタファ-のなりたちを検討したり、宗教文学にしばしば見られる上昇や下降のイメ-ジ、距離、視線、主体の位置などのもつ心理学的な意味合いを仔細に分析する必要が生じるにいたった。このような文脈をさらに敷衍するとすれば、17世紀中葉まで文学的表現の究極的理想とされていた円環のイメ-ジ(完壁性、円満具足さを実体化させるもの)が、マ-ジョリ-・ホ-プ・ニコルソンの有名な著書が指摘するように、近代以降崩壊の過程をたどるにいたる経緯も、より多様なアプロ-チによって論じられるべきであることになろう。民衆演劇から宮廷演劇への展間のなかで醸成された劇場空間なるものへの意識、19世紀以降、ポストモダニズムまで文学批評が一貫してもち続けている建築への固執、文学作品が映像化される際に生じる、異質なメディア間の葛藤など、多岐にわたる問題について、他の研究者の教示をあおぐなどしてある程度まで知見を深めることができたものと考えるが、今後はさらに、美学の歴史(美的なるものの観念の成立の過程)そのものを考察の対象とするとともに、時間性ならびに時間意識が空間的なるものに対して有している関係、そうした主題をレトリックがいかにして解決してきたかという歴史的課題などをめぐって、なんらかの洞察に達し得る理論的態勢を整えてゆくべきものと思われる。
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