英国世紀末文学者ア-サ-・シモンズの伝記研究を進める際に不可欠の基礎資料となる自筆書簡は、英国と米国を中心に各地の図書館に点在しているが、すでに数回の現地調査を行い、ほぼ1000通の解読を終えていた。最後まで手づかずでいたコロンビア大学図書館所蔵のシモンズ夫妻往復自筆書簡が、今回の科研費の補助によって調査可能になったことから、計画に沿って八月末にはロンドンからニュ-ヨ-クへ渡り、膨大な当該書簡コレクションをはじめて直に調査できた。帰国後に送付を受けたマイクロフィルムによる判読作業は、ワ-プロや大型機種の使用により、かっての電動や電子タイプライタ-しか普及していない時期に比べて予想以上の能率の良さで進行中である。 オズボ-ン宛書簡122通(プリンストン大学所蔵)、キャンプベル宛書簡231通(大英国書館)、クイント/シモンズ往復書簡168通(ニュ-ヨ-ク市立書簡)など、10年余りの間に調査を終えた大多数のシモンズ関係自筆書簡は、男性の文学仲間といえる人々を相手にしたものである。例えばシモンズに宛てたジョン・クイント書簡(1921年6月12日)で、「昔からの友達でもこうした頼みごとは自己防衛のために断らざると得ません」と悲鳴を挙げさせているように、シモンズの人間関係の特徴として、一旦親しくなったほとんど全ての友人が原稿を読んで欲してなどの頼みごとを矢継ぎばやに受けている。友人関係を原稿執筆生活の歯車にしてしまうシモンズの一方的な傾向に、文学的な情熱のみならず、1908年の狂気に通ずるものを感じてきたが、今回の研究対象である恋人・夫人宛書簡にまで、同じ傾向が認められることに驚いている。残された研究期間に、関連する他の書簡群を読み合わせながら、作品創造と狂気のプロセスを辿る確実な資料的裏付けにしたいと思う。
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