本研究は研究分担者が10年来進めて来たイタリア中世・ルネサンス期のノヴェッラの発展史を総体的に把握しようとする試みの一段階である。すでに研究分担者は、十四、五世紀に関しては、かなりの蓄積があるので、その成果に基づいて発展の全体像の把握に努めながら、従来やや手薄だった十三世紀と、莫大な作品が残されている十六世紀に焦点を当てて、不備を補うことに努めた。その成果として1)「紙の上の宮廷(標題の一部略、以下も同じ、11.参照)」、2)「Grazziniの『晩餐』の輪郭」、3)「Paraboscoの『気晴らし』の輪郭(未刊)」の三篇を得た。1)はこれまで断片的にしか紹介されていなかったこのジャンルの発展を、作品群を束ねている「枠組」という側面から、その変遷過程をトレ-スすることによって総体として把握する試みで、『デカメロン』の特異な枠組(それを研究分担者は特に「額縁」と呼ぶが)の画期的な新しさが持つ意味を指摘すると共に、十六世紀にその「額縁」が大流行したという事実を明らかにした。さらにその理由を考察して、この現象が当時のノヴェッラ享受の状況を反映しつつ、十三世紀における紙の普及および十五世紀における印刷術の発明というメディアの二大革新と関連していることを推定した。2)と3)は十六世紀のノヴェッラ集についての紹介で、前者はそれまでノヴェッラ創作の中心だったトスカ-ナの完成形態に近い作品、後者は新たに中心となったヴェネツィアの先駆的作品で、両者の比較によってこの時代における発展の特質の一面を明らかにし得た。こうしてイタリア・ノヴェッラの全貎を知ることは、西欧文学の発展を知るためのみならず、大航海時代に我国が西欧から得たものを知るための手掛かりを提供してくれる。なお設備備品費によって、多くのノヴェッラ集のマイクロ・フィルムとノヴェッラの母胎となったイタリア中世都市の資料集を収集し得た。
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