本年度は、昨年度に引続き、第一に、理論的再検討の現実的基盤の有無、及び弁護活動の実践的可能性の限界を確認するため、わが国における刑事弁護の実情を、実証的、総合的に把握する作業を継続してきた。方法としては、記録による調査・分析、法延傍聴、弁護人の準備活動状況の観察等を行ってきた。また、日本弁護士連合会が一昨年(平成2年)4月1日に発足させた刑事弁護センタ-の活動状況についての調査、同じく一昨年12月1日から福岡県弁護士会が全国に先駆けて実施したいわゆる待機制(ロタ制)当番弁護士の実施状況の調査を行ってきた。その結果、起訴前段階を中心に、憲法、刑訴法の解釈・運用によって可能な弁護権の行使が、全体としてはなお不十分な状況にあること。しかし、全国的な当番弁護士制の実施によって事態打開への現実的基盤が急速に整いつつあることを確認することができた。第二に、第一の作業を基礎に、従前のわが国における憲法、刑事訴訟法理論上の刑事弁護の位置づけを整理し、明確にするとともに、その意味と問題点について検討してきた。その際、諸外国、特にわが国でこの間急速に展開している当番弁護士発祥の地であるイギリスの制度を中心に刑事弁護制度の歴史的展開の経緯と現在の実情について、主として文献に依拠しながら整理・検討してきた。そして、憲法が被疑者の身柄拘束直後から弁護権を保障し、その実効性を確保するために、被疑者国選をも想定していると考えられること。イギリス等でも紆余曲折はあったものの、身柄拘束直後から十全な弁護権が保障されていることなどを確認した。そして、最後に、実践的に可能な刑事弁護の課題を明かにしながら、捜査、公訴、公判、上訴、再審等手続全般にわたって、弁護権を中核とし、基礎とする刑訴法理論の体系化を展望し、新たな解釈可能性を追求してきた。
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