本年度は、前年度にひき続いて複素正準形式を用いて得られた宇宙の波動関数の厳密解の振る舞いを詳しく調べると共に、正準量子重力理論が現在抱えている様々な本質的諸問題を解決することを目的として完全拘束系の量子化について詳しい分析を行なった。これらの研究は、交付申請書に記載した課題とは少し方向を異にしているが、研究課題との関連では非常に重要なものである。研究の具体的な成長としては以下のような新たな知見が得られた。 1.複素変数を用いた正則波動関数は、従来の計量を基本変数とするADMーWD理論と異なり古典的に禁止された領域にまで滑らかに広がるもののそこで指数関数的に減衰することがこれまでの研究で予想されていたが、ビアンキIXセクタ-での波動関数の振る舞いを具体的に調べることによりこの事が確認された。この研究では、本年度科研費で購入したX端末によるグラフィック表示が重要な役割をはたした。 2.重力理論に代表される時間変数の一般変換で不変な理論は、ハミルトン関数が拘束関数の線形結合で書かれるという特色をもつ。このような完全拘束系を形式的に量子化すると、物理状態で時間発展が見掛け上失われてしまう。この特徴は、これまで正準量子重力理論の大きな因難とされてきた。この因難を解決するために、いくつかの厳密に解きうる完全拘束系の量子論において時間変数の役割を詳しく分析した。その結果、通常の量子力学の枠組みを相対確率を基礎とする形式に広げる事によりゲ-ジ固定をしなくても完全拘束系の整合的な量子論が構成できること、特に有限な相対確率を得るには必ず時間変数と他の物理量の観測情報を対で指定することが必要であることを見いだした。これは前もってゲ-ジ固定をしなくても、量子化の後で正準変数の中から相対確率を有限化する変数として時間変数を取り出すことが可能であることを意味し、量子重力理論における時間発展の問題がゲ-ジ固定法を用いなくても解決可能であることを示唆している。 以上の結果の一部はすでに第6回マルセルグロスマン国際会議で発表したが、さらの詳しい報告は現在準備中の論文(Reports in Astrophysics&Cosmologyの招待論文)でなされる予定である。
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