本研究は、低温の金属基板上への蒸着により作成されたガラス状態の分子性薄膜のラマンスペクトルを観測し、温度上昇に伴う分子配向変化と結晶化過程について、微視的な知見を得ることを目的としている。 今年度の研究として、まず装置の面では、昨年度作成したクライオスタットをもちいるために、光学窓をもつ真空容器胴体を新たに製作し、これによって、当初予定した5Kにおける試料の蒸着とラマンスペクトルの観測が可能となった。 上記の装置とこれまで用いてきた液体窒素用クライオスタットとを併用し、今年度は、pータ-フェニル(TP)とビフェニル(BP)の低温蒸着膜について、集中的に測定を行った。 まずTPの低温蒸着膜では、300cm^<-1>近傍のラマンバンドが見えず、また他のラマンバンドの幅が広いなど、液体のTPに類似したスペクトルが観測された。このことは、低温蒸着膜がねじれた構造の分子からなるアモルファス状態にあることを示している。1600cm^<-1>近傍のバンドの幅に注目すると、温度上昇により減少が起り、220Kあたりで粉末結晶の示す幅にほぼ一致した。これによって、分子の構造変化が広い温度範囲で起り、アモルファス状態から結晶状態へ近付いていくことがわかった。一方、格子振動領域のスペクトルも150Kあたりから観測できるようになるが、280〜290Kまで温度を上昇させて、やって粉末結晶のスペクトルに近付く。このことから、分子位置についての長距離秩序が形成される温度は、分子の局所的構造変化を起こす温度よりも高い温度を必要とすることがわかった。これらの結果は、一部をすでに論文として投稿した。 またBPの低温蒸着膜の温度を上昇させ、類似の測定をしたところ、分子のねじれた構造を示すバンド強度が140K付近の狭い温度範囲で減少し、新たに平面状の分子構造に対応するバンドが見え始めることがわかった。この変化は蒸着膜作成の温度にあまり依存せずに観測され、BPのアモルファス状態に特有な現象であると考えられる。今後、より詳細な測定を行う予定である。
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