多核金属錯体は、複数個の金属イオンを構成要素とするため、立体構造的、分光化学的、電気化学的性質等、単核錯体にはない新規な機能の出現が期待できる。特に、生体内必須アミノ酸であるLーシステインやその類似有機配位子であるDーペニシラミン、アミノエタンチオ-ル等が配位した単核錯体は、その硫黄原子で容易に他の金属イオンに架橋配位して、多核錯体を形成する。そこで本研究では、このような配位硫黄原子を含む単核錯体を系統的に合成すると共に、これら単核錯体と種々の金属イオンとの反応により、二核あるいは三核錯体等、新規多核錯体の設計と合成化学、立体化学ならびに機能性を検討した。まず最初に、3分子のLーシステイン、Dーペニシラミンあるいはアミノエタンチオ-ルがコバルト(III)、ロジウム(III)、イリジウム(III)イオン等に配位した単核錯体を立体選択的に合成した。次に、これら単核錯体と同種および異種金属イオンとの反応により、基本となる二核錯体の合成を試みた。得られた錯体は、カラムクロマトグラフィ-を用いて、可能な異性体に単離精製し、それら錯体の構造を、 ^<13>C核磁気共鳴吸収、電子吸収、円偏光二色性スペクトル等を用いて帰属した。この二核錯体に関する分光化学的、立体化学的性質や反応性を単核錯体のものと比較検討した。特に、可視領域の分光化学的性質において、単核錯体と二核錯体の間に大きな性質の差が見出され、これが架橋配位した硫黄原子まわりの電子配置等の性質に大きく依存することを明らかにした。さらに、これら錯体の中心金属イオンの酸化還元挙動を電気化学的に検討した。このような結果をふまえて、硫黄やセレン原子で架橋配位した多核錯体の系統的な合成を試みている。
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