研究概要 |
ルテニウム、オスミウム-ビス(2,2'-ビピリジン)錯体は可逆的な電子移動反応を行うことが可能で、光励起により発光することから新しい機能性分子集団系を設計する場合の反応中心分子となりうる。そこで、本研究はこの反応中心を種々の架橋配位子で結合させてできるルテニウム、オスミウム二核錯体を基本単位とする新しい分子集合体の合成ル-トの確立と、外部信号に応答して性質が変化するような分子素子としての機能を錯体に付与するための分子設計指針を得ることを目的にした。研究期間中に得られた実験成果を以下にまとめた。 (1)外部信号としてのプロトン移動に応答可能な(2ーピリジル)ベンズイミダゾ-ルを基本骨格とした架橋配位子Lを有する種々の対称型及び非対称型ルテニウム、オスミウム二核錯体[(bpy)_2M(L)M'(bpy)_2]^<4+>(M,M'=Os,Ru and Rh;bpy=2,2'ービピリジン)(A)を新規に合成した。用いた架橋配位子の構造と略号を下に示した.また,単核錯体[(bpy)_2M(L)]^<2+>は多核錯体合成のよい出発錯体となることがわかった. (2)錯体(A)の吸収スペクトルはpH変化を示し、架橋配位子がL=bpbimH_2およびmbpbimHの場合のイミノ水素基の脱プロトン化の酸解離定数pK_aは,M=M'=Ru;L=bpbimH_2の場合には5.61および7.12で,L=mbpbimHの場合は5.91であった。 (3)錯体(A)のサイクリックボルタモグラムは非常に接近した2段の1電子酸化過程を示す。その酸化電位はpHに依存する。特に、中性領域付近では酸化電位は直線的な変化を示し,ー60mV/pHの傾きを示す。このことは、電子移動とプロトン移動が共役していることを意味している。2個の酸化電位の差は,RuおよびOsまわりの配位子に依存して50ー150mVの範囲で電位コントロ-ルすることが可能である。 (4)錯体(A)の一電子酸化後に生成する混合原子価錯体は近赤外領域に非常に弱い原子価間電荷移動遷移を示すことがわかった。ところが、錯体(A)が脱プロトン化すると、この原子価間電荷移動遷移は強度が約40倍増大し、それとともに長波長シフトする。このことは、架橋配位子の脱プロトン化により金属間相互作用が強くなることを意味している。すなわち、プロトン化ー脱プロトン化により金属間の相互作用を変化させることができ、プロトンが一種のスイッチングの役割を果たしていることがわかる。 (5)錯体(A)(M=M'=Ru)は640nm付近に極大を持つ発光を示す。ところが,M=Ru,M'=Rh;L=bpbimH_2の場合にはRuからRhへの電子移動消光が起こり,発光を示さない.この錯体で一個脱プロトン化が起こると発光が観測されるようになる。この現象は,RuからRhへの励起状態における電子移動がプロトンがついた状態ではエネルギ-的にdownhillであるのに対して,脱プロトン化が起こるとuphillとなり,電子移動消光が起こらなくなり,発光が観測される.この消光ー発光はプロトン移動に対して可逆的であり,この系が一種の"蛍光スイッチ"として機能することが明らかになった.以上の結果から、適当なエネルギ-差をもつ二個の金属イオンを選択し分子配向を制抑すれば、電子の流れを分子レベルで規制でき、on/off機能をもつ分子スイッチの構築が可能であることが本研究から明らかになった.
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