本年度は昨年度の結果に基づき、マムシグサ群の範囲をさらに正確に捉えるため新たに集団サンプリングをおこなって資料を追加した。また、従来マムシグサ節には含められていたがマムシグサ群としては認められたことがなかったアオテンナンショウ、ユモトマムシグサについてもあわせて解析をおこなった。またその分化のパタ-ンを熱帯地域のものと比較するため、東京大学理学部植物園で栽培中の材料を用いて、Arisaemafiliforme(カリマンタン島およびジャワ島から各1集団)A.inclusum(ジャワ島産1集団)A.laminatum(カリマンタン島産1集団)A.grapdospasix(台湾産1集団)の間についても解析しその結果を日本の集団間と比較した。昨年と同様にデンプンゲル電気泳動法によりアイソザイムの分離を調べ、一酵素種17遺伝子座について解析して集団間の遺伝的距離を求めた。この結果、マムシグサ群内の集団間ばかりでなく、アオテンナンショウやオモゴテンナンショウ、ツクシマムシグサのように形態上では明かな分化が認められる分類群の間でも遺伝的距離は0.05以下であり、これらがきわめて近縁であることが示唆された。熱帯地域の種類については、形態的にはきわめて類似しており花序の色彩以外では区別することができないA.filiformeの2集団間でもその遺伝的距離はマムシグサ群の分類群間を超えるものであった。このことから相対的に、日本産のマムシグサ節においては遺伝的な分化は僅かでも形態上の分化が進んでいることが示された。この結果は、日本産のマムシグサ節が比較的新しい時期に、おそらくは第4紀の氷期と間氷期によって様々な小集団が隔離された結果、形態上の急速な多様化が起こったとする仮説によく一致する。
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