動物の生殖現象は、環境の周期性と同期していることは昔からよく知られている。昆虫や魚類の産卵や多くの海産無脊椎動物の放卵では、そのタイミングは親によって決められているのは明かであるが、多くの海産甲殻類のように、胚が親によって一定期間保護され、胚発生からかなり進行してから孵化が起こるような場合には、胚と親のどちらかによって孵化のタイミングが決定されているのかわからない。本研究はこの疑問に答えるための実験的解析を試みたものである。 実験は大きく2つに分けられる。一つは雌親に抱かれている卵を切り離し、その卵が孵化するのかどうか、もし孵化する場合には親に抱かれている卵と比べ、孵化の同調性に違いがあるかどうか、について調べられた。もう一つの実験では、抱卵雌の腹部に付着している8個の卵塊の一部を切り取り、他の雌の持っている卵の房との間で、交換を行い、親と胚のどちらが孵化のタイミングを制御しているのかを調べた。 卵の切り離し実験の結果から、1)アカテガニ胚が孵化するまでには、48〜49.5時間ほどの孵化過程が存在すること、2)卵を切り離すと、孵化の同調性は大幅に低下することが明らかになった。さらに、卵の交換実験によって、1)孵化は胚自身に内在する体内時計によって誘発されること、2)親にくっつけた卵は孵化の同調性が著しく高まること、さらに、3)胚の孵化は明らかに親によって誘発されること、が明らかになった。 これらの実験結果をまとめると、アカテガニ胚の孵化は胚自身の持つ体内時計によって引き起こされるが、孵化過程の引金は親が引き、また孵化が起こる際は孵化を同調させるような刺激が送られていることが明らかになった。しかし、孵化過程の引金となる刺激はどのようなものか、またいつごろ胚の方に伝達されるのか、さらに孵化時刻を同調させるための刺激はどのようなものなのか、については今後の研究に待たねばならない。
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