セラミックス溶射皮膜においては、セラミックスが溶融状態から急冷されるため、アモルファス相あるいは準安定結晶相の形成、微細結晶粒化などが生じ、複雑で微細な組織が形成される。この組織の熱的安定性を調べることは実用的に重要な課題であるばかりでなく、材料組織学的にも興味深いことである。ムライト(3Al_2O_32SiO_2)溶射皮膜の大部分の組織は、Al_2O_3過剰なムライト結晶相とそれとほぼ同組成の非晶質相から構成されており、溶射中にSiO_2が蒸発し減量したことが推察される。Al_2O_3ーSiO_2系では相分離によるシリカガラスの形成はみられなかった。また、0.1μm程度の微細な結晶粒であるrーAl_2O_3領域もわずかではあるが存在していた。示差熱分析において970℃で結晶化を示唆するピ-クが認められ、1100℃で焼鈍した試料の電顕観察からも結晶化していることが確認された。アルミナ-ジルコニア(70%Al_2O_3ーZrO_2)溶射皮膜においても結晶相と非晶質相が存在していたが、ムライトと違って両相の間で組成に大きな差があった。電顕観察より、結晶相はZrを少量含むrーAl_2O_3であり、非晶質相はほぼ共晶組成であることがわかった。1100℃で焼鈍した試料では、非晶質相は結晶化してαーAl_2O_3と正方晶ZrO_2の微結晶が生じていた。フォルステライト(2MgO・SiC_2)溶射皮膜においても結晶相と非晶質相が存在しており、ムライトと同様に隣接する両相の組成にはほとんど差がなかった。結晶相および非晶質相とも原料組成よりもSiO_2が過剰なクリノエンステタイト(MgO・SiO_2)組成を示しており、MgOが溶射中に蒸発したと考えられる。示差熱分析より970℃で結晶化が生じることが示唆される。ここで取り上げたセラミックス溶射皮膜は1000℃以下で容易に非晶質相の結晶化が生じ、高温環境化で長時間使用する際に問題となる可能性がある。
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