生体リズムの中でも、特に概日ニズム(circadian rhythm)については今日まで様々な方面から研究が進められている。概日リズムの調節機構の局在についての研究から、単細胞生物では細胞体内に、哺乳類では中枢神経系にその機能が局在することが明らかになりつつある。さらに、ラットでは視床下部の視交叉上核に概日リズムの中枢が存在することを示す実験結果が報告されている。最近の鋭敏な標識物質を使った実験解剖学的研究から、視交叉上核には網膜からの視神経線維が直接終止することが証明され、さらに行動実験から視交叉上核が概日リズムの生成ないし発現に重要な役割を果たしていると考えられるようになった。一方、分子生物学的手法を用いて、概日リズムの短くなったショウジョウバエ変異株の遺伝子解析からX染色体の特定部位(3B1ー2)に遺伝子がマップされていることが分かり、時計遺伝子(period gene)と命名された。これは塩基配列にACAGGCの繰り返し配列(per repeat)を持つ特徴がある。その後、Young et al.(1985)は、マウスでショウジョウバエの時計遺伝子と相同の配列をもった染色体DNA(cp2.2)をクロ-ニングした。我々はIshidaらと共同して、cp2.2をプロ-ブとして検出される遺伝子群(CP2.2F)と、cp2.2をプロ-ブとしてラット脳cDNAライブラリ-から得られた11種のcDNAの内のひとつ(pRB15)に対応する遺伝子(RB15)のラット脳内における発現をin situ hybridization法により検索した。その結果、CP2.2F、RB15ともほとんどすべての神経細胞で発現が認められた。しかし、両者は視交叉上核で特に強く発現していた。しかも、昼間に固定したラットの視交叉上核の反応の方が、深夜固定したものよりも明らかに強かった(p<0.01)。このような固定時間による反応の変化は視交叉上核以外では認められなかった。さらに、hybridization signalは一部のグリア細胞や脳室上衣細胞で、昼間のみに極く弱い発現が確認された。こうした所見から、今回使用したショウジョウバエ時計遺伝子と相同の遺伝子(CP2.2F、RB15)は、ラットにおいても概日リズム発現ないし調節機構と密接な関連をもつことが示唆された。現在、遺伝性視神経無形成ラットを用いて、光情報による概日リズム補正が行われない場合、視交叉上核における本遺伝子の発現にどのような変化が起きているか検索中である。
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