カルホスチンC(Calーc)は藻類Cladosporium cladosporioides由来のペリレンキノリン環をもつ物質で、蛋白キナ-ゼC(PKC)の調節ドメインに結合し、in vitroでその活性を光依存的に阻害することが知られている、我々は、上皮増殖因子(EGF)レセプタ-の産生を制御する情報伝達系へのPKCの関与を検討するためにCalーcのEGFレセプタ-リン酸化やEGFが誘導する遺伝子発現への影響を調べ、Calーcが一連のユニ-クな細胞応答を誘導することを見出した。 ヒト腺癌細胞はA549及びEGFレセプタ-を重剰産生するヒト扁平上皮癌細胞NAをCalーcで処理すると添加30分後をピ-クに光依存的にEGFレセプタ-のリン酸化が促進された。遮光条件下ではEGFレセプタ-リン酸化は観察されなかった。リン酸化レセプタ-を酸分解しホスフォアミノ酸分析を行なったところEGF処理ではホスホチロシンが検出された。PKCの調節ドメインに結合しPKCを活性化する発癌プロモ-タ-TPA処理ではホスホセリンとホスホトレオニンが検出された。Calーc処理でもホスホセリン/ホスホトレオニンが検出された。またリン酸化レセプタ-をトリプシン分解しHPLCによるホスホペプチド分析を行なった。EGF処理ではトレオニン669とセリン1046/1047のリン酸化、またTPA処理ではトレオニン654とトレオニン669のリン酸化が顕著に促進された。Calーc処理ではトレオニン669とセリン1046/1047、及びトレオニン669ペプチドを含む分画でのセリン残基のリン酸化が顕著に促進された。従って、Calーcはセリンキナ-ゼを活性化し、EGFやTPAとは異なる部位もリン酸化する可能性が示唆された。 また、〔 ^<125>I〕標識EGFを用いた解析から、CalーcはEGFとレセプタ-結合を競合しないこと、細胞のEGF結合部位数を急速に減少させるがレセプタ-のEGF親和性には変化が見られないことが示された。また、レセプタ-の代謝回転率を検討したところの細胞表面のレセプタ-蛋白の減少が観察された。従って、Calーc処理によりレセプタ-の細胞内取り込みが促進されることが示唆された。 Calーc処理によりcーfosやcーjun等の増殖初期応答遺伝子mRNAが顕著に蓄積されたが誘導された。EGFやTPA刺激による初期応答遺伝子mRNAの蓄積が30分をピ-クに減少するのに対し、CalーcによるmRNAの蓄積は添加後60〜90分をピ-クとした。核ラン・オン分析により、Calーcは初期応答遺伝子の転写を促進することが示された。CalーcとEGFの転写促進、またCalーcとTPAの転写促進は相加的であった。またCalーcよる転写促進はPKCのキナ-ゼドメインに結合する阻害剤スタウロスポリンにより阻害された。 Calーcの誘導するリン酸化がレセプタ-の細胞内取り込みを伴う点で、TPAの誘導するレセプタ-リン酸化とEGF親和性低下とは異なる。しかし、CalーcによるEGFレセプタ-のリン酸化促進がどのようなキナ-ゼによるものか、EGFレセプタ-に特異的か、また、PKCが関与するかは明らかでない。また、チロシンリン酸化が見られない点でEGFの誘導するリン酸化と異なり、新しいレセプタ-リン酸化機構と考えられる。このリン酸化促進に伴うcーfosなどの初期遺伝子の発現誘導の機構も明らかではないが、従来知られていた情報伝達系とは異なる可能性がある。
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