尿路病原性大腸菌の性状として、MR線毛とMS線毛の両者を保有することが最も重要であり、その臓器特異性はMR線毛が主に担っている可能性が臨床疫学的検討から示唆された。このMSならびにMR線毛は培養環境に応じてPhase variationを示すことから、まず、MS線毛の病原性について、新しいマウス実験腎盂腎炎系を用いて検討するとともに、ヒト尿路上皮細胞におけるレセプタ-分布について検討した。新しい実験系の要点は、アロキサン誘発糖尿病マウスを使用すること、細菌の尿路上皮への付着・定着という感染症発症の第1段階が解析できるように経尿道的膀胱接種量は10μ1とすること、高浸透圧マウス尿の殺菌的作用を受けにくい795株、778株を使用することであった。この実験系では菌がまず膀胱に定着して膀胱炎が成立し、その後に腎盂腎炎が発症することから、感染成立の第一段階である尿路への細菌の付着の病原的意義がはじめて実証可能と考えられた。そこで、親株であるMS+株より、phase variationを利用してMSー株を作成し、さらに、テトラサイクリン耐性を遺伝的マ-カ-とするトランスポゾンを挿入して、鞭毛非産生の変異株(Fー)を作成した。最終的に親株と3種類の変異株を用いて、それぞれにおける実験腎盂腎炎の発症率を比較した。ID_<50>は親株では1.8x10^2、MS+・Fー株では6.5x10^3、MSー・F+株では6.1x10^4、MSー・Fー株では1.4x10^5(CFU/mouse)となり、MS線毛が腎盂腎炎の発症において明確な病原性因子となりうることが実験的に初めて証明された。なお、運動能は線毛と上皮との接触機会を高めることに寄与するものて考えられた。一方、MS線毛のレセプタ-となる高マンノ-ス型糖鎖は、正常膀胱最外層細胞での分布密度は極めて低いものの、移行上皮癌細胞のみならず正常の尿管、腎盂、ならびに、膀胱の中間層細胞にも比較的高密度に分布していた。
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