蝸牛窓膜上に留置した種々の物質は蝸牛窓膜を透過して外リンパに移行する。この物質が聴器毒性を有する場合には、外リンパに移行した物質はラセン器に入り有毛細胞を障害して聴器毒性を発現する。臨床上みられる点耳薬性難聴はこうした機序で発現する。 他方、滲出性中耳炎に感音難聴が伴うことがある。この感音難聴の発症頻度は多くはないが、非可逆的な難聴のおきることがある。この難聴の発症機序は不明であるが、いくつかの可能性が考えられる。その1つは中耳貯留液中の有害物質が蝸牛窓膜を透過して内耳に移行し、上述したような機序で聴器毒性を発現するのではないかというものである。 この仮説に立った場合、考えられる中耳貯留液中の有害物質としてエンドトキシンとその類似物質がある。滲出性中耳炎の中耳貯留液中にも細菌が存在しうることは今までの種々の研究で知られてきた。こうした細菌の菌体細胞壁成分であるエンドトキシン(リポポリサッカライド)を用いて、中耳に留置したエンドトキシンが内耳に機能的にあるいは形態的に影響を与えることも、今までの電気生理学的実験や組織学的実験で認められている。 そこで今回はエンドトキシン類似物質としてグラム陽性菌の菌体細胞壁成分であるリポタイコイック酸を用いて同様の実験を行った。その結果、この物質を中耳腔内に注入しただけでは内耳障害は形態的には認められなかった。しかしながらこの物質を直接に蝸牛の外リンパ腔に注入したところ、実験動物の一部で著明な内耳障害がみられた。これは組織学的には内耳における炎症性の反応と考えられた。このことは中耳腔内に存在するエンドトキシン類似物質により蝸牛障害がおきる可能性を示唆するものと考えられる。
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