音源の方向認知や、音色の認識には、抑制性神経回路の寄与が必要であるが、抑制性トランスミッタ-の一つグリシンについての研究は非常に少ない。これは、グリシンの関与が少ないからではなく、これを調べるよい方法がなかったことによる。そこで、本研究では、抗グリシン抗体を作製し、これを用いて聴覚路におけるグリシン作動性ニュ-ロンの役割を免疫組織化学の手法によって明らかにすることを目的としている。 かなり多量の抗グリシン抗体が必要になるので、まず抗グリシン血清を大量に作製することから開始した。これには、家兎血清アルブミンにグリシンを結合させ、これを家兎に反復注射するという我々の開発した効率のよい方法を用いた。こうして多量の抗グリシン血清を得た。得られた血清の抗体価はあまり高くなかったが、この抗血清から特異抗体を精製した。これにはグリシンを結合させたゲルによるアフィニ-ティ-クロマトグラフィ-を用いた。同様にして、もう一つの抑制性アミノ酸であるGABA、興奮性伝達物質であるアスパラギン酸、グリシンの前駆物質と考えられているセリン、一酸化窒素の前駆物質として注目されているアルギニンに対する抗体も作製した。現在、これらの特異抗体を用いた免疫染色を行い、グリシン作動性ニュ-ロンや、上記の抗体に反応する細胞の分布を聴覚路を中心にして検討している。 現在までの研究の結果、グリシンを含有する神経細胞の分布を視覚路と聴覚路で比較すると著しい差がみられた。即ち、視覚路においては、グリシン含有神経細胞の細胞体は網膜にだけ見られ、脳内の神経核では見つからないのに対し、聴覚路においては、末梢では見られず、脳幹の蝸牛神経核、上オリ-ブ核群、外側毛帯核に見られ、より上位の下丘から大脳皮質の間にも見られないことが明らかになった。
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