研究概要 |
成熟期エナメル芽細胞は基質蛋白質を分解、吸収、消化しエナメル質への物質輸送を制御することによって、高度に石灰化するエナメル質の成熟過程が進行すると考えられている。一般に細胞が物質を分解、吸収、消化する場合には細胞の内外で種々の酵素が関与することが知られている。本研究は、多様な機能を有し、かつ高度に分化した高等動物である成熟期エナメル芽細胞の細胞機能とproteinaseであるリソゾーム性酵素の機能との関連を解明する目的で行われた。平成2年度はリソゾームの機能を阻害する薬物として知られるクロロキンの成熟期エナメル芽細胞に及ぼす作用を実験薬理学的に検索した。その結果クロロキンのリソゾーム性酵素阻害作用をin vivoで発現させるには、かなりの長期間連続投与をする必要があることが確認された。本実験ではクロロキンの連日投与の作用を成熟期エナメル芽細胞に見られる特徴的な周期的形態変化、すなわちruffle-ended ameloblasts(RA)からsmooth-ended ameloblasts(SA)の形態変化を識別できるGBHA染色像によって検索した。その結果投与後48日で成熟期初期に若干ではあるが染色像の変化が認められた。平成3年度は主要な細胞内aspartic proteinaseであるcathepsin DおよびE,およびcysteine proteinaseであるcathepsin Bの成熟期エナメル芽細胞における局在に関して免疫組織化学的検索を行た。8週齢のWistar系ラットを用い常法に従って切歯エナメル芽細胞層の凍結切片を作製した。一次抗体にはラット脾臓より精製したcathepsin B,D,およびEをそれぞれ家兎に免疫して得た特異抗体を用い、免疫染色はPAP法によって行った。Cathepsin Bはエナメル芽細胞内および乳頭層細胞のライソゾームに相当すると思われる顆粒状の陽性反応物として観察され、成熟期の進行とともに徐々に強くなる傾向が見られた。またエナメル質表層に鉄が沈着を始めるstageにおいても強い反応が観察された。Cathepsin Dに関してもcathepsin Bと同様に成熟期の進行とともに強くなる所見が得られたが、エナメル芽細胞に比較すると乳頭層細胞で反応が強く検出された。Cathepsin Eではエナメルが細胞内の陽性反応はほとんど認められず、乳頭層細胞の辺縁部に限局して検出された。 従来報告されている主要なエナメル基質タンパク分解酵素の諸特性を考えると、今回検索を行ったcathepsin B,DおよびEが細胞外で直接機能している可能性は少ない。しかし本実験でcathepsin B,Dが乳頭層細胞およびエナメル芽細胞に成熟期の進行に対応してその反応性が増加したことから、血管系の豊富な乳頭層と成熟期エナメル質との間における物質の輸送、消化の過程には、これらの酵素が関連していることが推察される。また、成熟期後期にも強い反応が検出されたことは、これらの酵素がエナメル質基質蛋白の消化過程に関与するだけでなく、引き続いて後期になっても存在して、何らかの機能を果たしている可能性が示唆された。一方、従来より我々はcathepsin Dとcathepsin Eは基質特異性など、互いに類似性の高い性質を持ちながら、その細胞内局在の異なることを報告して来た。今回の実験結果からも、エナメル芽細胞および乳頭層細胞においてこれらの酵素の局在が異なっていることが示された。
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